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友達ができたら 02
(続き)
「起きて」
沙和は久々に紫苑に起こされた。録音アプリがそのままになっていたらしくスマホの電池残量が赤い。沙和が再生ボタンを押すとザーッという音がした。
「今日は食べないで行くね、バナナもらっていい?」
「いいよ」
沙和はそう言ってまた横になり、スマホの電池がないからゲーム機から動画サイトを開いて、しばらくお気に入りの音楽に浸っていた。
三十分ほどそうしていただろうか、沙和はやおら立ち上がってトイレに行き、寝る時いつも枕元に置く水筒の水を一口飲んでようやくパジャマから着替えた。
しかし、いつもはパッとやってしまう家事も、今日の沙和はスムーズにはいかないらしい。
洗濯は洗濯機に半分だと分かると回さなかった、朝ごはんは昨日の残りごはんをお茶漬けに魚肉ソーセージで済ませた、掃除はクィックルワイパー、少しだけ雨が降っていると言ってマロンの散歩も行かなかった。
そして牛乳にチョコレートでお茶にして
「疲れているなぁ」
沙和はボヤいた。
「仕方ない、仕事しよう、マロン」
マロンを抱き上げ、しばらく抱きしめる。マロンは少し困ったような顔をして、沙和のTシャツから出た腕をなめた。マロンを置くと沙和は自室でパソコンを起動する。
「今日は仕事だけできたらいい、ってことにしよ。夕飯は……キムチ鍋、お弁当のおかずに揚げ物を煮ればいいか」
さて、と声を立てるが動画サイトから音楽は流れる中沙和はなかなかタイピングが進まない、午前中、終わらない。カップ麺と有り合わせ炒めでお昼にすると、昨日入った鈴木さんの作ったLINEグループ名前は「空色」に入る。
『こんにちは』
『こんにちは』
過去ログはそれなりにある、今日は森さんが会社に来るとき、迷い犬にまとわりつかれたようだ、写真が貼ってある。
人懐っこそうな紀州犬の笑顔、振り切るためにその辺に落ちていた木の枝を投げて拾いに行かせたのです、すぐ走って逃げました、少し走ってから電柱の陰から紀州犬がまんまるな瞳で自分を探しているのを認めました、愛おしくなって、飼い主を探すよう警察に預けたら会社に遅れました!森さんが書いた。
鈴木さんは『仕方ないね』と笑った。パンダさんもいいねのアイコンを押す。人懐っこそうな紀州犬の舌を出した笑顔、皆がめいめいに自分の犬を自慢しだした、沙和もココアの写真を貼る。
『うちのトイプードルのココアです』
やんちゃにぬいぐるみを振り回した写真。
『振り回されているほう?』
『違う、違う』
『そうか、なんかピンクのうさぎに見えた』
沙和は午後も空色の新着を見ながらだらけているように見えた、タイピング入力も遅く、捗ってはいないように見える。
「うー」
パン、沙和はやおら両手で頬を叩くと、スマホを置いてWordの画面を眺める、が。
「ノルマないし、できたら送るんだから、できなかったら送らないんでいいかな」
よくわからない論理で一人納得すると、なんとか1ページ入力して、あとはパソコンを切って部屋のベッドに突っ伏してしまった。
「あーぁ、あああああー、あーぁ、あああああー、るー、っ、るー、っ、あーぁ、あああああー、あーぁ、あああああー」
スマホで録音はせずに歌いだす、沙和はそばにあったキャラものの大きなぬいぐるみを抱いた。
「うーぅ、ううううう、うーう、ううううう、たらら、たらら、たらら、たらら、うーう、ううううう、うーう、ううううう」
抱いたまま籠もった声を出す、そのまま、しばらくすると沙和は静かな寝息を立てた。
目を覚ました沙和がスマホの時計を見るともう四時、
「雨が降っているの」
とココアにはいいわけをして、牛乳にチーズでお茶をしてまたゴロゴロしだす。
「さすがになにもしないのもなぁ」
と誰にともなく恥じて、スマートフォンで音楽をかけて、図書館のシールがある本を読みだした。ページをめくる手は早い、あっという間に一冊読み終えて
「あ、ごはんつくらなきゃ」
とスマホの時計で気づいて、慌てて台所へ行く。当然今日はお米も炊いてなければご飯のスイッチを押していないことに空の炊飯器を見て気づいたように小さな声を上げると、沙和は冷蔵庫から焼きそばの袋を出した。
「今日はこれでいいや」
もやしもキャベツも冷蔵庫には見当たらない、なすとピーマンにたまねぎ、あるものでいい、お肉もないけど、シーチキンがあった。あと、卵を焼いてのせよう。一品だけかなぁ、いいやコーンスープで。塩にしよ、塩に。そう沙和は呟く。
沙和は焼きそばを作りだした
「今度の土曜日は天気が悪いから外出したくないし、金曜日に買い出しいこうっと」
そんなことをいいながら、ちゃっちゃっと作っていく。そうしてご飯ができたらお風呂を今日はちょっと流すだけで洗って、なんとか体裁を整えた。
「おなかすいたなぁ」
六時半、七時半、紫音の帰ってくる時間はまちまちだ、遅くなるときは連絡する、と紫苑は言ったけれど
「『渡辺さん』のこともあるし」
沙和はスマホを見て居間の椅子に座った。
『渡辺さん』は内臓系のあまり重くない病気になってちょっと弱気になった紫苑を
「僕もなりました」
といった言葉で励ましてくれて、すごくいいひとなの。
だからおもてなししてね、そう言われた沙和は素直に煮物や焼き魚を用意した。
「これぜんぶ君が?」
「うん!」
渡辺さんにそう答えた紫苑の笑顔を沙和はしばらく見ていた。煮物と焼き魚ぐらい、要領がいい紫苑はすでにできるだろう、
「それはどうでもいいことだけれど」
仕事に行くという妹は愚痴こそいうけれど沙和には楽しそうに見えていたのだろうか、
「いいじゃない、渡辺さんもするっていうし」
と紫苑が言うので深く追求することはなかった。それから紫苑が嬉しそうに呼ぶ名前、渡辺さん。沙和はどこか物思いの風に少しうつむく。
「早く食べちゃおう」
沙和は一人呟いてお皿にとりわける、なんとなくスカッとしないのか買いだめしていたらしいコーラを出して、なぜかアイスクリームも浮かべている。
そしてテレビのニュースを付ける、朝から続いた弱い雨は夜明けには止むようです、洗濯物や布団を干すのにはいい日になりそうです、明日は金曜日です!あと一日、頑張ってください!アナウンサーが笑う。
『次郎はいかないの?』
沙和は気がかりになって「空色」に書きこんだ。
『いくよ』
鈴木さんが返事をした、沙和は微笑んだ。
「そうだ、明日はちょっと遠出して、駅前いって、妹にも『外食して』ってLINEすれば次郎に行けるかも!」
沙和は喜んだ顔でココアを抱いた。ココアは少し迷惑そうな顔を抱かれている身体を少し出して沙和の腕を舐めた。
しかし、次の朝雨はまだ止んでいなかった。
タンタン、タタタタタタン、タンタン、タタタタタ。
沙和は雨でやる気をそがれてスマホからお気に入りのフリー音源を聞いていた、ターター、タタタタタ、ターター、タタタタタ。
口ずさみ歌い出す、覚えているようだ。次の曲。
ドレミファソファミレ ドレミファソファミレ
これは簡単すぎて音階まで歌ってしまっているようだ。
「なんかうずうす」
スマホを持って九時ぐらいまでベッドでごろごろしている。妹が起きてきたらパンを焼けばいい。今日は土曜日だ。沙和はスマホで天気予報を見て、止まない雨と雨雲レーダーを見比べた。マークは曇りのはずだった、雨雲レーダーはあと三時間ぐらいの弱い雨を予測していた。
タンタン、タタタタタ、ターター、タタタタタ。
ターラー、ターラー、トン、トトトトト、トン、ドドドドド、ターラーターラータラタラタラタラ、ファタラタファタラタラ
歌う声が少し大きくなった、調子がいいようだ、録音アプリもきっちり起動させて、沙和は歌っている。どうもお気に入りの音楽を聴くきっかけで、新しいメロディができたらしい。というのは、さっき聞いていたフリーの音楽はこんなに軽快でどこか不思議な感じではなかったから。
調子づいた沙和は起き出して着替えながら歌う。
パーパーパー、ファーファーパー、パラパパラパパラパパララ
しばらくひとしきり歌って、歌い終わると、スマホのアプリからGooglemapを開き、次郎の営業時間を確認すると布団でごろごろしている紫苑に
「お昼は食べてくる」
と言い出かける用意をし出した。
弱い雨の中、折り畳み傘を持って沙和はバス停に向かった、耳にはイヤホン、なにか音楽プレイヤーに繋がっているものではないらしくコードはそのまま輪になって首元に垂れ下がっている。
「発車いたします、ドアが閉まります」
椅子に座って沙和はしばらくスマホを眺めた、お気に入りの無料音楽サイトの管理人さんブログ。
『今月末の締め切り音楽賞に向けてがんばっています!』
リンクが張ってあった、何気なく、沙和はそのリンクをコピーしてメモ帳に保存した。
駅前にバスがついた、沙和も電子交通券を機械にタッチして降りた。
「賞か」
呟いて駅前の本屋へ入った、まず新作の棚を見て回り二冊ほど立ち読みして一冊はスマホで書影を撮った。漫画の新作へ
「これはツタヤにあった」
そんなことを言いながら色々手に取り、二冊何かをレジに持っていった。そして本屋を出たところで、ふと朝にはなかった重い雲を空に沙和は認めた。慌ててスマホを出す。スマートフォンの地域予報には黄色のエクスクラメーションマークがついていて、「雷注意報」となっていた。
「え」
雷注意報、お昼ごろから夕方にかけて〇県全域で雷の予想あり。
慌てた沙和が「雷レーダー」と検索ワードに出すと確かに黄色いものがこちらに向かっているのだった。沙和はバス停に急いだ。
「お帰り」
「紫苑、雷鳴るって」
「だいじょうぶじゃない?」
早く帰ってきた姉を咎めることもなく、紫苑はポテチを食べている。
「あ、もうすぐお昼か、インスタント麺でいい?」
「私出かける、お昼いいや」
紫苑はポテチの袋を輪ゴムで縛った。
「雷鳴るって」
「だいじょうぶじゃない?」
紫苑はそばにあった小さな卓上鏡で化粧を始めた、沙和はしばらく佇んでいたがやがてインスタントラーメンに冷凍の餃子を作りだした。
「行ってきます」
「気をつけてね」
妹を送り出すと、ラーメンに餃子でお昼にした沙和は、お皿を片付けないでしばらく朝コピーした『音楽賞』の応募要項を見ていた。そして
「これならすぐできる」
と言って、スマホで音楽を流すと自室で買った漫画を読みだしたのだ。結局その日沙和がパソコンに触ることも、雷が鳴ることもなかった。
日曜日だ。
沙和は妹を寝かせるにまかせて戦隊もののテレビを見て、感想をSNSで探していた、ふと、思い立って昨日の『音楽賞』のキーワードを検索すると、公式Twitterを持っているようだった。
『優勝者には初音ミクが唄うPVを送ります、さらに「初音ミク V4X」のプレゼントも!』沙和はRTした。
昨日沙和を焦らせた厚い雨雲は去り、薄曇りだ、沙和は自室のパソコンをつけ音楽作成ソフトを立ち上げる。
沙和の音楽作成ソフトは有名だがフリーのもの。ふと、『初音ミク V4X』と検索ワードに入れ、「体験版をインストロールする」ボタンのところでしばらく沙和は固まってしまった、しばらくするとクリック音がして、やがてダウンロード画面をそのままに沙和は音楽作成ソフトと録音した音の合わせをはじめた。
ひとつひとつ置いては聴き置いては聴き、沙和はその作業に余念がない、ちょっと聞いて違うとなると半音上げてみた、一小節できたら通して聴いて、一行できてもまた聴いて、細かく補正しては聴いて。そうしてしばらくして十一時半になったことをパソコンの時計で認めた沙和は慌てて妹を叩き起こすと台所で冷凍のうどんをレンジで温め野菜と魚肉ソーセージを炒めだした。
「おはよう、昨日雷ならなかったね」
「おはよう、焼うどんでいいよね」
沙和はレンジからうどんを出すと野菜と一緒にもうちょっと炒めて、ソースを入れた。
「天かすは?」
「ないから、海苔でいい?」
ちゃっちゃっとフライパンから焼うどんを皿によそい、海苔を鋏で切ってかける。箸と急須も持ってくる。紫苑はスマホを見ている。
「昨日ね、海沿いなら雷なったかも」
「へぇ」
「今日ね、渡辺さん来るの」
「へぇ」
沙和は驚かない。
「私なるかも、『渡辺さん』に」
「へぇ」
沙和はしばらく食べ進み、お茶を飲んでから
「あ、決まりそうなの?結婚!」
「うん!」
よかったねぇ、長かった、そんなことを言って沙和も紫苑もしばらくはしゃいだ。
「あ、でもまだだよ。あと一年ぐらいわかんないからまだ渡辺さんに言わないで」
紫苑は沙和に釘を刺した、沙和は承諾した。
「私ね、賞に応募しようと思って、作曲の」
「いいじゃんやりなよ」
うん!もうできた!あとは送るだけ!
沙和は笑った。
ココアにもご飯をあげないと、さて。
沙和は自室でRTした『音楽賞』の応募要項を見た。一曲から応募OKでファイル形式はMP3で。十曲以上はZipファイルにしてギガファイル便のURLをコピー&ペーストし、パスワードを応募フォームに入力すること。他社で商用化していなければ既作品でも可。去年の入賞作は十曲以上を初音ミクに歌わせたキャッチ―なものに、民族音楽のようなもの、沙和は聴いてみた。
ということは十曲あったほうがいいのかもしれない、沙和はさっそく作った音楽ファイルからお気に入りをピックアップしてデスクトップに作ったファイルに入れ、それをZIPにしてギガファイル便サイトに公開、メールアドレスハンドルネームにパスワードを『音楽賞』の応募フォームに入力した。
「よし」
そして『応募確認』のメールが来ていることを確認すると、パソコンの電源を落としベッドでゲーム機をいじった。
「空色」にも『音楽賞応募した!』と沙和は書きこんだ。
『いいね!』
『ところでさ、次郎いった?』
『行ってない』
涙を流すアイコンを送る。
『行きなよ』
『えぇっ私次郎無理』
『私もパフェのほうがいい』
そこからパフェの話になり、沙和はしばらく眺めていた。
来週、再び沙和はバスに乗ったが今度はフェアのマンゴーパフェが食べたくなり入ってしまって大盛ラーメンどころではなくなった。次の週はラーメンよりたくさん作って豚汁が食べたくなり、その次の週は出かける元気がなかった。その次の週は出かけたはずの妹から『ごはんまだ?』とLINEがきた。
(続く)