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友だちができたら 04

この会合の目的だった柴犬カフェで柴犬と戯れ、皆と解散して沙和は帰りの電車の中柴犬カフェおみやげのマスコットを眺めていた。
「今日もいけなかった」
実はちょっと調べてきたのだ、秋葉原に行けば二郎「系」ラーメンはそれなりにあるらしい、『自閉症の人は急な予定変更苦手だよね』と皆が気を使ってくれたのが嬉しかったのだろうか。そういえば、その発言をした鈴木さんは来なかった。
沙和はスマホをいじり、鈴木さんと友達のSNSアプリを起動する。
『鈴木さんは大阪市にいます』
「来られなかった」
そのままSNSアプリを終え、なにげなくメールアプリを開く。
「え???」
沙和はなにかのメールを見た途端、急に大きな声をだして電車の席をその場で立ち上がった。
「とりあえず紫苑にLINEしよ」
そのまま、席に着き沙和はスマホをまたいじった。何かそわそわと、あちこち見たり気もそぞろのまま。
「ただいま」
LINEで教えてきた帰宅時間に帰ってきた沙和の足元でマロンが鞄に向かって吠えている、柴犬の匂いだろうか。
「おめでとう!!」
と紫苑は嬉しそうに出迎える
「受賞式いくでしょう?」
「ついてきてくれない?」
「いく!!」
紫苑はガッツポーズをして嬉しそうにした、沙和は笑った
「お父さんとお母さんにもメールしよ」
上ずった声のまま椅子に座りスマホをいじる
「本当!音楽賞受賞!おめでとう沙和ちゃん、こんどお祝いしよね?あ、いつも料理沙和ちゃんやってくれるから、たまには外食でね!ね!沙和ちゃん、すごいねー」
沙和より紫苑が随分はしゃいでいる、沙和はその顔を見て微笑む、しばらくして、沙和のスマホに着信音が鳴った。
「本当!音楽賞受賞したって!」
「お母さん、本当なの!」
しばらくはしゃいで、疲れたのか沙和は「空色」に『音楽賞受賞しました!』と書き込むと、冷凍のピザ焼いてを食べたらすぐ風呂にゆっくり漬かって早く寝た。
スマホのカレンダーには『受賞式』の日付が新しく書き込んであった。
久しぶりに、沙和は八時以降に起きた。
起きて、沙和が慌てて紫苑の部屋をノックしたら行った後だった。居間の机の上には、『やったねー、疲れているだろうから、パンだけもらって行ったよー』と紫苑の書き置きがある。
沙和は書き置きを見ると冷蔵庫からパンを出し、なんとなくただ焼くだけのは嫌だと言って卵と牛乳の液をつくると、フライパンにそれを流しこみしばしば漬け込んでいた。
その間、沙和はスマホの「空色」を開く。皆がおはようと言っている
『おはよう』
沙和も挨拶をする
『おはようございます』
『おはよ』
『昨日、楽しかったねー』
『柴犬飼いたい柴犬』
『あ、昨日見たよ?音楽賞受賞したんだって!おめでとう!』
『おめでとう!』
『おめでとうございます』
「空色」は流れが早くなり、色とりどりのスタンプが押される、
沙和は微笑んでいくつかのスタンプを押した、しばらくお祝いのLINEを見ると、鈴木さんと繋がっているSNSに『音楽賞受賞しました!』と書き込んだ。
ファーパー、ファーパー、タッ、ファーバー、ファーダー、タタッ、タタッ、タタッ、タタッ、タタッ、タタッ、ティンクルティンクルティンクル、デゥンクルデゥンクルデゥング、ファーバータッ、タタタータララ
嬉し気な音楽が聴こえてくる、沙和は録音も忘れ歌っていた。そうしてしばらくして
「ごめんねマロン、散歩忘れて」
とマロンに声をかけ、慌てて曇り空の下家を出た。
 マロンと歩きながら、沙和が歌うことはない。
 一回同じけれど違うし同じ自閉症の青年が外で歌っていたのを、皆が怪訝な顔で見て『きちがいだ』と言っていたことを気にしているのだろうか。気分がいい時に歌わないで、一体いつ歌うのだろうか、自閉症でない人はなんの感情の波もないのだろうか。そんなことはない、嬉しくないのだろうか、なんてことのない平和な日々が来ることが。『閉じている』ように見えるぐらいには、この世界は色々な嬉しいことや驚くことにみちているというのに。
 朝の忙しく働きに出る人々がもう行ってしまっているのか、道は人影まばらだ、少しだけなら、と沙和は歌う。
 タタター、ラララー、タラララトゥルルー、タララー、ラリラー、タララリター
昔流行ったアニメ映画の主題歌が高い沙和の声にはあっている。マロンは上機嫌な飼い主をまんまるな目で見つめていた。
 散歩から帰ってマロンの足を洗い、沙和は自室で改めて『音楽賞』のホームページを見た。
 最優秀賞、だれだれさん。受賞特典:「初音ミク」ソフト
 準優秀賞、それだれさん。受賞特典:「初音ミク」ぬいぐるみ
 入賞者、あれそれさん、だれそれさん……沙和さん、それから。「初音ミク」アクリルキーホルダー
 アクリルキーホルダー。
「それだけのために六本木かぁ」
仕方ないか、沙和は一人呟き」文書作成ソフトを立ち上げていつも通りデータ入力の仕事を始めた。
 昼休み、少しだけ受賞の「ハレ」がひけて焼きそばを食べながら「空色」を開くと
「え」
沙和は驚いた声を出した。
『音楽賞受賞とか、いい気になっているやついてむかつく。こっちはずっと応募しても音沙汰なしなのに』
『鈴木の友達?特定できない?』
「え、え、え??」
呼吸を荒げて椅子から転げ慌てた沙和が、仕事中の紫苑にLINEしたことは言うまでもない。焼きそばを食べ終えても沙和は、おどおどとその辺りを歩きまわってはいたが
『とりあえず今は反応しちゃだめ!帰ったら話すね!』
と紫苑からLINEが来ると、少しの安らぎを得ようと自室のベッドに寝ころび、スマホで音楽をかけ始めた。
「ただいまー」
紫苑が帰ってきたとき、沙和は煮物を煮ていた。
「おかえりー。ちょっとね、ご飯まだで」
「うん、いいよ、見せて?」
紫苑は仕事のバックを置き、うがいと手洗いを済ますと炭酸水をカップに注ぎ椅子に座って沙和を見つめた。沙和も炭酸水をグラスにつぐと向かいに座った。
「はい」
悪いことを咎められる子供のように、どこかしょげて沙和は紫苑にスマホの「空色」を開いて見せた
『ってことは、帝国軍って主人公のロボットを倒したいの』
『ロボットじゃなくモビルスーツ!』
「空色」では、最近話題だというアニメの話をしていた。
『でもたった一体で』
『それ一番言っちゃだめなやつ!』
「何も問題ないみたいよ?」
紫苑は戸惑っていた、平和でいつも通りの「空色」だった。不思議に思った沙和がスマホの履歴をたどる。
『このメッセージは削除されました』
だれそれさんが退会しました。
それだけ。沙和を攻撃する言葉はない。
『どういうこと?』
紫苑はスマホで何やら調べて、それから
「あ~、そうか!」と一人合点し、沙和に
「よかったね~、何もなくって」
と励ますと、沙和に調べたLINEの見解を見せた。
『LINEでは、個人の連絡先の公開を禁止しています。違反した投稿は削除されます』
「?」
沙和はしばらくピンとこない顔、紫苑は大きく笑っていった。
「たぶん、誰かが沙和ちゃんのSNSをここに貼ったんだよ。だけど連絡先公開しちゃだめだからLINEが削除した。その人は退会した。なんにもない!大丈夫だよ沙和ちゃん。じゃあついでに、授賞式のこと決めちゃお」
紫苑はバックからポテチを出してつまみだした。沙和も一枚もらってから思い出したように呟いた。
「あ、待って、管理人さんにお礼しなきゃ、心配かけたかも」
沙和はスマホをいじった
「あ、そうかもね、したほうがいいよ、連絡先わかるの?」
「友達なの」
沙和はスマホのメモ帳とにらめっこして、練りに練った文面を、鈴木と繋がっているSNSのメッセージに送った。
 紫苑は優しい目になって、一人でポテチを食べた。
『でも羨ましいな、受賞なんで』
「空色」でリボンちゃんが書き込んだ
『私は、普通の仕事に普通の結婚、すごく羨ましいよ』
沙和は思ったままを書いた。
『いつか行きたいけどなかなかいけない二郎みたい。
 いつもそこにあるのに、なんでいけないんだろう』
沙和は悲しむスタンプを押した。
『そんな、二郎ぐらいすぐいけるよ、仕事もしているでしょ?結婚だって、できるよ』
ほんと?沙和はスタンプで反応する。
『できるよ~ってか聞いて聞いて、私の旦那ね~』
リボンちゃんは惚気とも陰口ともわからない夫の話を始めた。沙和は、少しだけ寂しそうな瞳でスマホを眺めていた。

(続く)


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