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にんげん書店

(星々短編小説コンテスト)落選作品

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 きっかけはたしか、どこかの図書館で始まった「にんげん図書館」の試みだったと思う。

 市民の生活、苦労、悩み、そういったもの、当事者の話を「本」として図書館で読むように聴くという会合が、どこかの地方都市で行われた。

 戦争経験者、主婦、消防士、植木屋、ひきこもり、「本」となった人は色々だった。

 それが盛況だという話をどこかで聞いてか、それはやがて民間にも取り入れられ広がっていった。このT市の商店街にもそうで、ある日私はこんな看板を見つけた。

「にんげん書店」

 ここにはどんな本が入っているのだろう、私はうきうきして入った。

「いらっしゃいませ」

緑のエプロンを着た店員さんが挨拶をしてくる、コーヒーのいい匂い。

 コーヒー?そう、にんげんの話を本として売る本屋では飲み物や軽食を出す、理由は単純でにんげんはお腹が空くからだ。

 私はカフェモカにキャロットケーキを頼んで、しばらく、店の中を見回った。

「鈴木 サラリーマン 40代 ジャンル:恋愛」

爽やかなサラリーマンだ、一体どんな恋の話をしてくれるのだろう。

「Kitano 人形劇団員 30代 ジャンル:童話」

腕に人形をつけた青年だ、劇団の宣伝も兼ねているのかな、

「ゆきうさぎ ひみつ 20代 ジャンル:手芸」

かわいらしい女の子だ、持っているうさぎのぬいぐるみの作り方とかかな。

「Pop-in クリエイター 30代 ジャンル:政治」

ちょっと太めで、陰気そうな青年だ、一言以上ありそう。

「厳四郎 作家 80代  ジャンル:政治」

ジャンルかぶってる!なんか、本当に作家さんだったりしない?

 とりあえず、どうしよっかな。

「立ち読みいいですか?」

 店員さんに聞いてみよっと。立ち読みっていうのは、ここでは『本』になっている人の話を5分ぐらいお試しで聞くこと、気に入ったらちゃんと指名して……(男の人が夜にいくとこみたい)しばらくお話して、チップ渡したり(やっぱり夜のお店みたい)。

 あ、そうそう、そういうとこがどうなのかはわからないけど、『本』の人にプライベートなこといろいろ聞いたり恋愛とか禁止。当たり前だけど『本』と一緒で傷つけたりするのも。

 まだ出来たばかりの制度で、聞いたことしかない「夜のお店」の仕組みもわからない私は戸惑いながらいつかみたネット記事どおりの手順を踏む。

「じゃあ、まずは……ゆきうさぎさん」

私はゆきうさぎさんの前に座った。小さな身体の女の子が、白いコートを羽織ってうさぎのぬいぐるみを持っている。

「あ、はい、立ち読みですね」

ゆきうさぎさんはうさぎのぬいぐるみをバッグに入れて髪を耳にかけた、?あれ、うさぎのぬいぐるみの話ではないのかな?

「あの……わたし、自分の手芸をネットで販売しています。

 ノウハウはまだ人に話すほどのものもないし、手芸って目立つものでもないし、それに、目立つのは怖いし……。

 あ、でも、手芸の楽しさなら、ちょっとだけたくさん話せるから、あの、もしよかったら、聞いてください」

「はい」

私は席を立った、うん、手芸の楽しさか、なかなか面白そうな「本」だ、そうだ、このまま時計順に「鈴木」さんの話を立ち読みしよう。

「では、鈴木さん、よろしくお願いします。」

わたしは鈴木さんの前に座る。なんとなく仕事の出来そうな、気の良さそうな男性だ。

「よろしく、そうだね。

 秘密をちょっとだけ話すと僕は……ずっと好きな人がいるんだ」

「まぁ」

照れ笑いする男性の言い出したことは、幾分刺激的だった。

「僕はいつでも彼女に連絡できる、そうすればきっと、彼女は僕の『妻』となってくれる……こういう話、女性は聞いていてつまらないかな?セクハラになる?」

「いいえ、思いはきっと通じると思いますよ」

わたしはあてられて少し赤くなった頬で笑う。彼女と鈴木さんの物語は、ここで『本』を読むために許されている一時間ではきっと話してはくれないだろう、言わば、まだこれは『書きかけの物語』だ。

 Kitanoさんはどうだろう

「あの……」

「あ!立ち読み大歓迎!ね、座って、座って」

ずいぶん朗らかなおじさんだ、顔も笑い皺でくしゃくしゃ

「今日はね、こないだ家に来たきつねの話をしに来たの」

「きつねですか?」

わたしはちょっとだけ首をかしげる、きつねはこの辺にいるだろうか?

「娘がね、見たっていうんだ。

柴犬だろうか?私は小首をかしげるとKitanoさんは前のめりになっていった

「あ、犬だって思った?でしょう?

 ほら、あいさつして、このポールくんもね、そう思ったって。

 ポールく~ん?(手の人形がパカパカ口を動かした)」

ポールくんがしゃべった(?)

「やぁ!僕はポール!ねぇねぇ、君はきつねってこの辺にいると思う?

 たぬきならいるかもだけど、きつねはどうだろうねぇ。

 僕はね、このろくでなしの甲斐性なしにかわって調べてきたんだけど」

そこまでポールが甲高い声で喋ったところでKitanoさんが「甲斐性なしとはなんだよ!」と突っ込む、わいわいがやがや、楽しそうだけど……スマホで検索したらちょっとだけ可能性がわかったし、「ほんとうのことはわからない」というような内容だとしたら、ちょっと今は甘いおとぎ話の気分じゃないかも、私は席を立つ、さて、次だ。

 Pop-inさんは眼鏡をかけて中太りな男性で、年代がちょっとわかりづらい。

「あ……立ち読みですね」

視線を落としてスマホを見ていた瞳は、こちらに向けられると案外チャーミングなものだったので、私は危うくどきどきするところだった。

「僕……Vチューバ―のモデリングとか、まとめサイトとかやってて、切り抜きもやっています……。

 まとめサイトや切り抜きはみんな、僕の敬愛する耀司さんの動画とかサイトからの引用で、耀司さんはネットにたくさん記事があって……あの……耀司さん知っています?」

聞かれたので私は

「知っています」

とだけ答えた

「だよね、今時スマホはみんな持ってるし、耀司さんがネットニュースにならない日はないから(笑)で、その中から厳選したネタを持ってきたんだけど……ここ、『ネットの記事は著作権の問題もあるしあなたの体験や感じたことをお願いします』って言うんだよ……。」

Pop-inさんは深くため息をついて俯いた。

「そんな、レアな経験なんて僕……耀司さんみたいに起業もしてない知名度もない、こんなKKO、キモイお金ないおっさんの話聞いて楽しい?」

「あ、えっと、それなら、記事は確かに著作権ありますけど、耀司さんのそういったものを読んだり見たりして感じたことなら、あなたのものですよ?」

私はPop-inさんを元気づけようと声をかける。

「そう?ネットニュースなんて耀司さんの記事めちゃめちゃ荒れてるじゃん」

「ネットに書き込まれたことだけが全てではないですよ」

Pop-inさんはやや涙ぐんだ顔を上げる

「じゃあ、それでよければ」

最後の本のところへ行こう。

 厳四郎さん、ブラウンでシックな服を着た眼鏡の似合うおじいちゃんだ、やわらかな笑顔で私に会釈して、「立ち読みですね」と笑う瞳に、どこか懐かしさすら感じるのはなぜだろう。

「じつは私、地域に伝わる怪奇や伝承を集めていまして。

 そうするとですね、今のこの疫病も、かつての江戸の時代では、あるいはもっともっと昔ではどう扱われていたであろう?という仮定に慄きそうになる時があるのですよ。

 あの時代の農民は、統治者になにかを思うことはあったか?そもそものそれの疑問も勿論あります、ありますが、ここでは取り合えず『もし今の疫病が江戸時代にあったら』を是非お話ししたいものです」

 面白そうだ、鈴木さんとは別の意味で一時間で読めそうにない、きっとそれはそれでよいものだが、どうしよう。

「もう二ページほどいいですか?」

私は厳四郎さんの前にもうしばらくいることにした。ここの書店に通うことになっても少し気になる。

「わかりました、そもそも江戸時代の『お上』は民意をあまり問わないものだったというのが通説で、それが近代になるにつれて民意を問う選挙や政治が行われるようになったというのが一般に言われています。この近代化において大切にされたのは西洋化することで……」

はい、と返事をするところだった私に、横のPop-inさんから

「へっ、近代化はいいことですか?」

と怒号が飛んできた。

「あ、あの……」

たじろぐ私を厳四郎さんもPop-inさんも無視する。

「近代化しなくては、我々はいまだに獣を捕まえどんぐりを拾っていただろう」

「そういってなんでも西洋のモノがありがたいって。さてはパヨクか?日本の伝統はどうなるっていうんですか?」

「あの……」

私は言葉をふり絞ったが、けんかを止めてくれそうにない、二人の考え方が違うのだろう、そうだ、私は立ち上がって書店員さんに言った

「あの」

「あ、はい、あの二人ですね、注意します」

店員さんに私は発した、

「そうではなくて、30分をお二人分お払いしますので、政治に関する二人の討論をお聞きしたいのです。よろしいでしょうか?」

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