君は希望を作っている #30

 そこに、茶封筒に何か書類を入れた社長が来ていた。
「お、ちょうどいい所に」
あら、と黒崎は手鏡で髪や化粧を整える、海老原は近くから椅子を持ってきて社長に座るように即す、社長は海老原に礼を言ったものの、座らず海老原を捕まえきぼうの壁際でこう彼に耳打ちした。
「ねぇ、ちょっといい」
「え、いきなりですよ」
「天然とキツイのとどっちがいい」
「えっと、じゃあ気の強い方で」
「おぉ、そっち行くかそっち」
「おっぱいは小さいほうが……あとパーツとか、メカメカしいのもよくないですか?義手とか義足とか、僕あの冷たい感じがまた何とも」
「うわっ、何フェチ、メカフェチなのかな?なんかすげぇ話せそう」
そしていぶかしがる黒崎と沙羽になんでもないと手を振ると、海老原の寿司を一つだけ失敬して社長はきぼうを後にした。
 うん、フェチだったなんて知らなかったよ。そういう世界も、あるよね。
 希望を食べることを、沙羽はまだあきらめていなかった。
 でもAmazon在庫はないし、あぁ、そういえば地名があったっけ。きぼうの無い日に、沙羽は希望も食べられずぱっとしないアプリしか作れない自分に飽き飽きしてただゴロゴロしていた。
「もう希望は探さないの?」
母が言う、
「今日も在庫ない」
沙羽はスマホをポチポチやっている。
「地名は?そこにあるんじゃないの?」
あ、そうか、沙羽は早速スマホのTwitterから海老原にDMを送る。
 バスでいつも病院へ行っているのとは別な駅に行く。
 そこで海老原が手を振る。
「あ、沙羽さん」
国産のワゴン車が近くに停まっている。
「ここから電車に乗るんだよね、今日は付き合ってくれてありがとう」
ブブゥ、近くのワゴン車がクラクションを鳴らす。
「それには及ばないよー!僕、保護者」
「社長?」
ワゴン車から顔を出した人物に、沙羽は思わず声を挙げた。
「すいませんね、車、出してもらって」
黒崎の支援者が車にいる、ということは。
「なんかね、海老原くんが社長に言っちゃったから、きぼうの課外活動になっちゃったらしくて」
黒崎もいるのだった。
「で、どこに行くのよ」
黒崎は支援者の隣で言う、沙羽は一番後ろの席に一人だ。
「千葉県八千代市、希望通りがあるの」
へぇ、黒崎は気の無い返事。それでもばっちりおしゃれと化粧に手を抜かない、対して沙羽はTシャツにジーパンですっぴん。
「っていうか社長、運転できたんですね」
社長の運転は危なげのない心配りの効いた優しいものだった、意外、と沙羽は言う。
「まぁ多少はね、今日はそっちに用もあるし、ついでねついで」
海老原が社長の隣から顔を出す。
「嫌ね、迷ったんだけど、LINE送ったら誘ってって」
「いつの間にそんなに仲良くなったのよ」
「ちょっと、ね」
社長と海老原はウィンクを飛ばし合う。
「いやぁしかし希望があったんだ、見つからないかと思っていた」
社長は大袈裟に喜ぶ。
「うん、今日は希望通りを歩いて、喫茶店があるらしいから寄って、通り過ぎたところに蕎麦屋さんがあるからそこでお昼にしようかと思って」
「それのどこが希望なのよ」
黒崎は冷たく問い詰める
「Googleマップだと普通の住居街だけど……でも近い希望はここだよ」
ふぅん、黒崎はつまらなそうに返事をする、
「何でもいいけど馬鹿じゃないの?人を巻き込んでまで希望食べたいなんて」
「黒崎さんは、それでもこれが少し歩けるようになってから初めての遠出ですよね。今日だって楽しみだからぜったい行きたいって私に電話下さったじゃないですか」
黒崎の支援者がフォローする。黒崎は、ふん、と支援者の顔を見ない。
「まぁ、平凡なプランだけど、それで気が済めばいいじゃない」
黒崎に支援者は苦笑いして、皆は希望へ向かう。

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