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フローレンス(BFC6落選展)

 

―この物語は、小学生のころの筆者のノートに基づいて書かれています―

 さぁ、メシア・フローレンス。

 今日も民の前に姿を現しなさい、そして、あなたの姿を待つ領民たちに祝福を。

 部屋のドアがノックされ、起き上がるは我らが女王、フローレンス。豊かな長い髪、みずみずしい身体、柔らかなガウンに身を包みメイドが部屋に入るよう促しています。

 彼女の寝姿は、女性でもどきりとするでしょう。ですので、部屋に入ったメイドは彼女をまっすぐ見ることはできないのです、この哀れなメイドはおたおたと着替えの入った籠を置くと、目をつぶったまま恥ずかし気に聖なるものの手助けをしています。

 清き水のようなドレス。行くのですフローレンス、あなたがいないと世界は回らない。

 女王は今日もお美しい、こうしてバルコニーから僅かながらお姿を見るだけでも気持ちが引き締まるようだ。

 王国の騎士たちは口々にそう言いながら、謁見を終え持ち場を離れます、その中の一人である栗色の髪を波打たせたロバートと呼ばれた騎士は、メイドに今日の料理に使う野菜が多いので食堂に運んで欲しいと言われたのでそのようにしていました。

 あぁ、なんということでしょうか。フローレンス、あなたは食堂で焼き菓子を齧ってばつが悪そうな顔をしています。女王でもお腹は空くのですね。ロバートはつい笑って言いました。そしてそれが間違いのもと。

 秘密を共有した二人が食堂で共に焼き菓子を齧るのも、やがてお喋りが弾んで共にお忍びでどこかに行くようになることも、誰がどうして咎めることができましょうか?

 あぁそれでも女王と下級騎士、この恋がいやらしい噂と共に知られるや否や、姦しい男達がロバートの追放を口々に訴えてきました。

 後ろ暗いことの何もなければ、かねてから問題のあったカオスキャニオンに騎士を見守りに行かせることの何が問題か?

 お友達ならば、この遠征で彼がむしろ昇進が早まるので喜ぶべきではないでしょうか?

 女王にはもっと相応しい人がいます。婚約者の彼との結婚が六月に。

 こうして騎士ロバートは遥か遠くの地カオスキャニオンへ行く馬車に乗せられたのです。

 女王の統治下においても、カオスキャニオンだけは地獄というものがあるならまさにそれでした。

 あちこちに火山がありそこからは溶岩が溢れ出し、流れる溶岩からは嫌な匂いが立ち込めています。それなのにどぎつい色の花が咲き誇り、飛ぶ鳥を食べてしまっています。どうやら人がいるようですが、ほとんど裸のその人がようやく集めて建てようとした小屋も、たちまちに燃えてしまっています。

 ここから逃げても同じ地獄だ、人は口々にそう言って嘆き苦しんでいます。ロバートは何も言わず自分を連れてきた馬にやる水を探し回りましたが、やがて半透明の化けものに脳みそが丸見えで目が一つというものを見て気を失ってしまいました。

 やがて気がつくと、その化け物がロバートの口に何かを流し込んでいましたが、思わず吐き出そうとしたことをロバートは後悔しなければなりませんでした。

 気にいらなかったか?鳥喰い花の蜜だ。

 なんとその一つ目の化け物が口をきいたのですから。かつて全知の学者であった彼は、知る喜びを忘れたことが悲しくその姿になったことを話してくれました。

 ロバートも自分の恋と女王のことを話しました。そしてかつて全知であったものは、それが愛であることを知り、また愛ゆえに彼が女王の幸せを―祝福されないまま自分と一緒になる以外の幸せを―願っていることを知ったのです。

 それであれば行くのですロバートよ。女王の結婚式まで間に合うように。愛する人の幸せが幸せなら急ぎなさい。祝福されなくても。

 ロバートは馬にまたがり臓物をひっくり返したような沼も暗い闇も雷の中も氷の中も走って行きました。臓物の沼にも化け物はいました、かつて全能であったというスライムに三つの目と翼を足したようなそれは、この沼を楽園にするという困難を自分に課しやりがいに震えていました。

朝も夜も馬で走り回るロバートはもはや少年のあどけなさを顔に残していません。

 ある日彼は旅の中で忘れられない体験をしました。貧しい街でした、痩せた男がロバートを見ると上玉が入っているからと言いより、もはや少年でなくなっていたロバートは彼の声に従いました。

 連れてこられたのは安宿。紹介された女はしかし、女王であるフローレンスそっくりでした!ロバートは愛した人と瓜二つの娼婦と、愛した人とはできなかったことをしました。

 そしてその思いのまま、彼は行きます。

広い草原や川沿いを鬱蒼とした森を。

 やがて女王の城が見えてきました。軽快な音楽が流れてきています、ロバートは痩せて髭だらけの顔で、城壁によじ登りました。

 城壁をつたっていき、やがて広場近くのアーチを渡ってロバートが見た城下街に馬車から着飾った女王と遠国の男が手を振っていました。鳴りやまない音楽、国は女王の結婚に沸いていました。

 みんなが笑顔。女王も笑っています。そしてその笑顔を見たロバートはまた壁伝いに城壁を戻ると、どこかへ馬を飛ばしてそのまま王国には帰らなくなりました。

 やがて王国に後継ぎが産まれました。女王と夫の金髪には似ていない、栗色の波打った髪をしていました。

王子も産まれ、女王フローレンスの世がますます安泰であることを。

(了)


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