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10/21分
相田と伊藤
(短編小説)
工場で昼のチャイムが鳴る。
伊藤は今日も、特にうまくもまずくもない社食の弁当をもらうと食堂で一人座った。
刈り上げた髪、赤く焼けた肌、筋肉質で目は幼く鼻はどんぐりのよう、だれもが伊藤に声をかけ、声をかけられると伊藤は軽く冗談などを時には言っていた。
「ここいいですか」
伊藤の前に青年が座った。整った髪、つやのある肌、やや冷ややかな目に筋のある鼻。『相田』その名札を見た途端、伊藤はやおら大きな声で笑い、
「相田?もしかして相田ひさしか?俺だよ、伊藤ノブ!」
と自分を指さして青年に声をかけた、
相田と呼ばれた青年は黙って弁当を食べている。
「覚えてないか?高校で・・・」
伊藤は嬉しそうに昔話を始めたが、相田はずっと黙っている。
「社長!そろそろお時間です」
食堂に慌てて入ってきた誰かが相田に声をかけ、伊藤は間の抜けた声を出した。
相田重工業、社長、相田久。
社舎に帰り、伊藤がスマホで見たHPにはそう載っていた。
「相田んとこだったのか・・・」
人材派遣会社に登録してある仕事を受けるだけの伊藤は派遣先を調べることすらしなくなって久しい。これだっていつだったかの災害で避難している社員の変わりだったか。
高校のアルバムには、同じ組に伊藤と相田が並んでいた。
次の日も次の日も、伊藤は相田の前の席に座った。
伊藤はなつかしさから次から次へと高校時代の思い出話を一方的に話し、相田は黙って食べているだけ、男が呼びにきて、また次の日も。
「迷惑なんですよ伊藤さん」
ある日ついに伊藤はその男に咎められた。
「ときどきいるんですよ、あなたのような、人を利用することしか考えない輩が」
伊藤は黙って弁当を食べた、次の日も相田は伊藤の前に座った。伊藤は男に言われたようにして黙っていたけれど、次の日も次の日も相田は伊藤の前に座った。
ある時、伊藤がエビを残しそうになった、すると、それを相田が「いらないならもらうぞ」と言って食べた。相田の好物。こないだは相田がグリーンピースを残しそうだったから今度は伊藤がもらった、やがて二人は苦手を渡したり好きを貰ったりして、口は利かないもの楽しく過ごすようになった。ある日伊藤はわけもなく相田の顔を見るなり笑った、相田がトイレの鏡を見ると、工期のため会社に泊まり込んでいた相田の髪は、寝ぐせだらけだった。
なぜ誰も言わなかったのか、相田は問うがまわりはごまかすだけ。相田も相田で、伊藤が明らかなずる休みをした次の日『特別に』厳しく接した。相田は一人思い出して笑った、高校のころもふたりはこんなふうだった。
別れは急だった。
伊藤のいる派遣会社から派遣される工員を、災害からの復旧を機に来月からここへは来させない、とした。相田は無機質にサインした。派遣よりは前の社員のほうが一緒にやりやすいというのが会議で大多数、ちいさな問題だった。
それよりも別なことが工場を賑わした、相田は言った、今まで社員で別に雇っていた会計の人を、その派遣会社で間に合わせ、業務もIT化したらどうか?
その噂は工場内にすぐ広がって、みんなの関心ごとになった。
伊藤は相田を食堂で待った、相田は、珍しく口を開くと「伊藤さんの所に、会計できる人いますよね」と聞いた。伊藤は「いますよ」と答えた。しばらく二人は黙って弁当を食べたけれど、やがて伊藤が耐えられなくなって口を開いた。「でも、俺の派遣会社、中抜きしまくって評判悪いですけど」と発した。その後すぐ出過ぎたことを言った、とうつむいた。相田は黙ったままだった。
相田の提案は耳障りのいい言葉だけどそれだけのように伊藤には聞こえた、そしてその耳障りのよさが工場の偉い人のなかで評判になっていくのを、反論データがあっても、それを持ってくるものが飛ばされるのを伊藤は見た。
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