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夢こそまことと彼女は言った

 師が死んでまだ半年ぐらいなのに、なんで俺が師との約束を忘れると思っているのか。
「約束なんか忘れちゃいなよ、まこと」
簡単に言うんじゃないって
「そんなよくわかんない爺ちゃんの遺志ついだってなんにもならないよ?」 ソファに座ってサナエは笑う、確かにそうだ、二人にはまだ保証があるわけじゃない。
 金のためには師がいた古典の研究じゃなく、どっかで見たのと似たゲームを作んなきゃ。 クリエイティブは捨てた。一応例えば『ここに進化表があればいいのに』とか『キャラが』とかいう原作にないアレンジは加えるけど、あとは生活のためだけのもの。
「あたしたちずっとこうやって暮らしていこうね」
サナエはご機嫌にマニキュアをつけている。俺がその姿を後ろから抱きしめると、ふと、気の遠くなっていくことに気づく。「私」か。
◆◆◆
 私はサナエを抱きしめると、私のおっぱいが背中に当たったことに笑いサナエの小さな背中がわざと寄りかかってきた。  
 あっちの私は男だ。どうしてなのかはわからない、記憶と、仕事と、暮らし、親しい人は共有している。  
 だとしたら私に彼氏ができるとき、あっちの私はサナエと別れて男と付き合うのだろうか。  
 こんなに小さいものと。
「今度はどんななんのゲームパクるの?」
「今度はね」
寄りかかられたまま引き寄せたパソコンを開く、あまりヒットしたものは駄目だ、目立たなく中毒性があり作るのが簡単なものを。
「まこと、師の葬式行ったんだって?古典の話しかしてないっていう暗いやつ」
サナエのいうこともわかる。この部屋には古典ばっかりの本棚、師の本もたくさん。
◆◆◆
「お前、二度とそんなこと言わないようにしてやろうか」
俺はサナエにキスをせまる、きゃあきゃあと声は出すけれど本当に嫌ならくっつくのをやめればいいのに。
「古典ってだって地味だし暗くない?」
「ない。プログラム打つのも、意味わかんない言葉調べるっていう古典の基本が役に立っているの」
彼女は有名人が古典をディスってたと言う。
「確かに古典で食べていくのは難しいけど」
俺は本棚に立ち、師の本をめくった
「師との約束も守りつつゲーム作りで金稼いで生活するってのはどうだ?まぁ夢みたいなものだけど」
サナエは不満声だ、そして本棚を指さす
「だいたい技術書より古典が多いのにこれ以上増やすの。 まこと、そんなに古典が好き?」
◆◆◆
「好き」
自分でもびっくりした。そうか、そうだったんだ。
 師の葬式に弟子としてではなく一般参加して、特に弟子であることの何も求められなかったけれど、何も求められなくっても。  
 私は、師との約束を守りたい。
 まず古事記のもととなった神話を調べ、その元にはどんな信仰があったのか、起源は、なぜ日本の神は外国の神とは違うのか。
「これらをわかりやすく書くことこそ」
「使命なり、って死んじゃあね、まこと」
サナエは軽くキスしてきた。あっちの私はどう思っているんだろう。  
 そうだ、手紙を書いてみよう。私はノートに書きだした
『私へ。師の約束を果たしたいです。 あなたはどう思っていますか、師との約束よりサナエとの生活のほうがだいじですか』
◆◆◆
俺はノートを読んだ、返事を書かないと
『お前、俺か?  サナエはまぁいい女だろ。お前も好きか。 師のことだけど、俺はやるのもいいと思っている』
『私も。でも私たち、どうして二人、それも異性に分かれたのかな』
『知らね、な、どっちが俺なのかな』
そこでサナエがノートに気づき、
「あなたのことをわたし抜きで決めないで!」
と叫んでノートに書きだした。
『古典はわかんないけれど、まことがやりたいのなら、やればいいと思う』 『サナエ』
『どっちかなんて今決めないで』
『え』
『どっちでもいいっていうかどっちも好き。 どっちも好きだから一緒に暮らしている。 どっちが消えても寂しい』
◆◆◆
キスをされ抱きしめて溶け合った。  
 三人で話したこと。生活は変わらない。師の葬式だって後継ぎとしてのものはなかったぐらいだし、古典研究はまだ仕事も来ないだろう。
 だけど、ゲームはもう少しクリエイティブなのも作りたい、いつまでもパクリデベロッパーじゃない。  
 もうしばらく三人で。
「よかった」  
女の私は、彼氏が欲しかったら、あとの二人と相談。同性でも異性でも浮気は禁止。男の私も。
「俺はホモじゃない」
妊娠したらどうするの?
「男が妊娠?」
あ、うん、今はまだそんな予定ないけれどね。あれ、変だな。私は男の私が夢でこっちが現実だと思っていたけど本当は……。
◆◆◆
 考えこんだのか寝ちゃった。
 かわいい、まこと。 どっちでもいいって言ったでしょ。
 だいたい、師だって、葬式に一般人呼ばわりってことは、あなたは弟子ですらないのかもしれないよ。 でもやるんだよね。 いいよ、それで、そんなあなたが好き。 だから 「夢こそまこと」
 サナエの声が聞こえた気がした。  
 起きて、身体の上半身を撫でる。 そこに膨らみがあってもなくても、私でなくて俺でも、俺でなくて私でも。
 愛するものを愛し、生活していくのだろう。
 隣にいるサナエの寝顔、すっぴん顔を見られるのは恥ずかしいらしいけれど好きだ。  
 だからどっちが夢でも。  
 三人で。夢こそまことに。

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