君は希望を作っている #31

 希望、希望、希望!
 沙羽の歌い出した出鱈目な歌は、希望のゲシュタルト崩壊でも起こしそうだった、少なくともそんな頻繁にある希望にありがたみがあるのかはともかく、沙羽は楽しそうだ。
 一時間ほどで、なんてことのない住宅街に来た。
「さぁ、ここだよ」
社長は車に残っている。
「僕はこれからこの辺で打ち合わせがあるから、帰るんならまた連絡して、じゃ」
それだけ言って去って行った。
「あぁ、そんな」
黒崎は声を挙げたが、車は止まらない、黒崎は来て損した、と沙羽を睨んだ。
 希望通りは、沙羽の言った通り平凡な住宅街で、通りも百メートルほどのものだった。
 それでもここに希望がある。
 沙羽は黒崎を説得して、比較的天気に恵まれた希望通りを歩く。車も少なく、確かにこれと言ってビルや高級住宅街があるわけではないけれど、そんな所ばかりに希望があるわけではないと、黒崎を説得する。
 その黒崎は、もう杖にはあまり頼らない。
 黒く光る義足に黄色い花のロングスカートを履いて、やや戸惑い気味にぎこちなく歩く。
 そうそう、そうですよ。支援者が黒崎を励ます。
 沙羽達は喫茶店に入った。
茶色の建物に赤いホロがレトロなそこは、夜はスナックらしかった。
「え、ここ、入るの」
沙羽は躊躇せず入って行く。
 そして、みんなコーヒーを頼んだ所で黒崎が言った。
「で、希望の味ってコーヒーなの?」
うーん、ちょっと違うらしい、と沙羽。そして少し反省した風になった。
「それより社長、仕事なのに悪いことしちゃったな、帰りちょっと時間あるかな?」
「さぁ、なんで?」
黒崎はいぶかしがる。
「社長の趣味がわからないから、私ので悪いんだけど、船橋で宇宙展があるから、帰りにちょっと誘えないかな」
はぁ、黒崎は言葉を荒げる。
「あんたどんだけ都合がいいのよ」
でも、社長の趣味って知ってる?沙羽の問いに黒崎は苦い顔をする。
「あ、いいって」
海老原が屈託なく言った。
 希望通りをちょっと過ぎたところに、わかりにくいのだが蕎麦屋がある、蕎麦屋だがラーメンもオムライスもあるらしい。
「え、ここ、地元の人しか来ないんじゃないの?」
黒崎が沙羽を止めた。
「ここ希望通りじゃないんなら、希望の味はしないって」
 Tシャツを掴まれて、不機嫌そうに沙羽は言う。
「決めていたの」
ぐずつく沙羽を海老原は笑って穏やかに制する。
「まぁ、自閉症の沙羽さんには一度決めたことを変えるのは難しいって聞いたことはあるけど……でも、今日は希望を探しに来たんでしょ?美味しそうではあるけど、希望かな?」
沙羽はわかんない、とふてくされる。
「うーん、確か通りにピザ屋があったよね、あそこじゃ駄目?」
「私嫌よ、ピザなんて脂っこいもの」
黒崎が仕切りだす。
「もう、最初にあったコンビニ寄って帰りましょうよ、ここは希望通りで、そりゃ誰かしら希望は持ってそうだけど……だいたい、沙羽、希望ってどんな食べ物だと思っているのよ?」
「えっと、ソフトクリーム……かな」
九月のまだ暑い天気、ソフトクリームを食べには十分だ。
「決まりね、コンビニ寄って帰るわよ」
希望が食べられる街だったらいいのに、商売下手だなぁ。
 沙羽はそんなことをいいながらしぶしぶみんなについて行き、コンビニでソフトクリームとサンドイッチとお茶とおにぎり唐揚げパックを買った。
「……これが、希望」
変わりばえのしないソフトクリームを前に沙羽は言う。
「そう、食べて見たら」
黒崎がさっきも飲んでいたのにまたコーヒーを飲んでいる。
 沙羽はえいっ、と舐めた。
 ほどよく甘く、さわやかだ。
「良かったね、希望が買えて」
海老原がアメリカンドックをパクつきながら言う。
「……しない……」
沙羽が涙ぐむ、そしてはっきり言った。
「やっぱもったいないよ、希望が食べられないなんて」
まぁ、無かったなら、しょうがないよ、また誘ってね。海老原はそんなことを言いながら社長に連絡した。


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