見出し画像

あそこまであるこう 03

 オフ会でモミザさんはガラスの扉の向こう側の人らしく、ノースリーブのハイネックを着ていた。
「おはようございます」
私はやっぱりジーンスにTシャツだった、何人かいる銀色の女性メンバーはガラスの扉の向こうで見た春のような柔らかい色のニットやブラウスを着ていて、私はそんな服を持っていないことを少しだけ恥じた。元彼女も、いつも私は男の子みたいな恰好して、男の子と付き合っているみたいって、指輪じゃなく暮らしでもなくて、二人でいるのは楽しいのに、はっきりと何かが足りなくて。ただ長い冬を温めあっていただけだったのにと。
 元彼女の周りも冬だった。夜遅くまで勉強してもちっとも春がこない理由はよくわからなかったらしくって、ちゃんと一線にいる人もいるのに、やっぱりわたしの努力が足りないよね。今度の評価もまた上がらないのかなぁ。まぁいいや、そんなことよりいちゃいちゃしよう。ねぇちょっとだけ可愛い服着てくれない?もっともっとおんなじになりたい、わたしのためだって、そんな怒んないで訴えるなんか言わないでよ、そんなことしたらやめさせられちゃうじゃない。わたしはあなたとこうしているだけでいいのと彼女は笑っていた。私はがまんできなかった、彼女が教育した男性が先にガラスの扉の向こうへ行ったのが。学校の卒業式で成績が一番の彼女ができたはずの卒業の祝辞をオトコノコが嫌がると言って譲ってしまったのが、そうして何もかも譲ってしまっては、きみのもとには何も残らない。いいのそれで、わたしはあなたといられれば、私は彼女を軽んじるものはゆるせなかった、ぜんぜんおんなじじゃなかった、おんなじにはなれなかった。
「翡翠さん?翡翠さんの番ですよ」
そうだった、トランプが始まっていたのだった。もう彼女はいないし、モミザさんとは友人にはなれるだろうけれども。むしゃくしゃして5という中途半端な数にジョーカーを出し、みんなパスしたのを確認すると4が四枚で上がる。
「ここで革命かよ!」
メンバーは悲鳴を上げる、私は得意げに笑い持ち込んだ紅茶をコップに注ぎ飲む。持っていった背が高いパックの安い紅茶は誰も気を使わなくていい飲み物としてすっかり輪の中心になっていた、工事現場でもいつも飲んでいるやつ。いつも食べているドラックストアで買ったような袋菓子にしても誰もがめいめいにつまんでいる。私も、誰も気を使わないからこそのなにかがあるかもしれない。
 その時、ガラス扉の向こうのエンジニア男性、サトシがポツンとつぶやいた
「現役じゃなくてここにいる人は、みんなエンジニアになりたいの?」
うん!メンバーの一人が勢いよく返事をした
「やめておいたほうがいいと思うなぁ。いやね、女の子もいるよ?でも俺の上司がさ。あんな簡単な書類仕事頼んだのにできないのかって、エンジニアで雇った娘を事務補助あつかい」
「え?書類仕事はプロのほうがいいんじゃじゃないですか?」
私書類は苦手だなぁ。パソコンに命令しているほうが楽だ。
「ん~女の子の扱いわかんないみたいで、結局リーダー男になったりするし。残業も任せるの気を使うし、そもそも俺も残業したくないんだけどね。
 いちばん悪いのはね、翡翠さん、なんだと思う?
 そういうことが『差』を産むんだ。
 女の子も男に気を使って抜かないように抜かないように。
 だって抜いたら嫌われるから」
また元彼女みたいなこと言っているよ、またこの話をするの、ねぇ。
「だってあのほら漫画、『疾風の舞踏者』作家女性ですが」
「うん、何も叩くことないからって外見叩く人いたね。そういうところがまだまた二千年代みたいだね~。もう西暦二十一超えているのに」
ははは、サトシは笑う、
「そんなぁ」
「まぁ漫画家さんみたいに実力あれば独立もありはありだし夢はあるけどね」
「独立かぁ、あー実力あればなぁ」
皆の声が暗い。スプリングピンクに住みガラスの扉の向こうにいて実力がないってどういうことだろう。あったかいガラスの扉の向こうに行く力はあったはずでしょ?安くない参加費と交通費を払って遊びに来たのにこういうのはあんま楽しくないから私は言った
「でも独立って開業のことですよね?それって私でもできますか?」
「え???翡翠さん独立するの?」
みんながすこし驚いた、私はなんとなく感じていたことを続ける
「だってどこも経験とかいうから、自営も経験かなと」
「いいじゃんそういうの!どんどん儲けて僕雇ってよ!」
「俺も!」
和やかな雰囲気が戻り、トランプを片付けて、ボードゲームを始めた。サイコロは1だったけれど1だって1進める。12出した人はペナルティのマスに進んでしまっていた、結果は三位だったけれど、ゴールまでつけた。
 オフ会の壁際に丸い葉がとんがったみたいな肉々しい観葉植物、ハルオチアだ。
「お前のとこに春は来ているか?」
「翡翠さん植物に話しかけているの?」
モミザさんが植物の近くにしゃがみこむ私に声をかけてくれた
「うちにエケベリアの『若菜』がいて、つい話しかけちゃう」
「植物に名前つけるなんて愛しているね~」
モミザさんはケアリアの丸い葉をちょんちょん触って遊びだす
「若菜って『アカネ』のビルの名前だって言っていましたよね?憧れているの、ごめんねなんか。サトシが夢壊すようなこと言っちゃって」
そういえばそうだったなぁ

(続)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?