君は希望を作っている #34

 きぼうでいくら希望を願ってみても、呼ばれて希望がぽいっとどこからか顔を出すわけではない。そうかな、もう二、三個どこかになかったかな、無ければ買ってくるしかないか、そこになければ無いですね。
 河合は、沙羽に言われて画像加工ソフトの練習を始めた。
 河合の可愛らしい絵は、まだうまく書けないようだけれど、絵本を書きたいと言っている。
 赤ちゃんが産みたいという河合の願いが、きぼうにもたらしたものは確かにあった。
 きぼうで婚活パーティーをすることこそなかったが、あるものをないものとするのもおかしいと支援者が言い出し、他の事業所や地域との交流も多くなった。
 障害者は障害者どうしって言うの?そう反発する声もあった。それでもそうやって人との交流に慣れていけばいつかは……支援者は言った。
 実際、沙羽みたいに、そんなことは構わずにあっちこっちに顔出ししているのもいるのだ、知らないだけかもしれない、あなたの隣にも、ほら、お化けじゃないよ。だめだよいじめたら。
 それでも河合があのことを忘れたわけではなかった。
「あ、黒崎さん、ごめん、あれ一つもらえない?急になっちゃって」
「仕方ないわね」
黒崎が置いていたブランドのカバンをさぐり、河合にエチケットポーチを渡す。
「でも、良かったわね」
「……良かったのかな」
河合は物思い風に沈んだ顔をした、黒崎は慌てた
「気晴らしにどっかとコンパしようか、ね、いい男いない?」
「え、そんな私ここに来るので精一杯だし、沙羽ちゃんなら男の友達多くないかな?」
「ちょっと、オタクなんて論外なんだけど」
そんな他愛もない雑談に、突如佐藤が後ろから加わってきた。
「あら、女子トーク?最近河合さんも少しずつ他メンバーと打ち解けて、いいことです」
べったりと絡みつくような佐藤を黒崎も河合も苦手なのか、置かれた手を振り切ってその場から離れた。
「あら、混ぜてちょうだいよ」
佐藤はそれをものともせず、回り込んで二人の進路を塞いだ、
「恋ねぇ、いいわねぇ、でも綺麗なのは物語だけ。あなた達は純粋で騙されやすいんですから、まずはわたし達を信じて下さいね」
佐藤は愛おしい我が子を狼から守る母親のような善意に満ち満ちた目になった、それが本当にためになるかはともかく。
「え、でもネットでは結婚している人も……」
河合が反論すると、佐藤は目を吊り上げた
「ネットは止めなさい、害しかないです。まずは目と目を合わせて話し合うこと、私を信じるのです。目の前の人とも上手くいかないようでしたら、結婚は難しいでしょうね」
「でも」
どう反論していいものかと河合はどもった、黒崎は笑って佐藤を躱した。
「まぁ、発達の河合さんは嵌りやすいから。私の車椅子ブログなんて大人気で、えぇもう。立つことが出来るようになって感動しました、あの鈴木翔さんと交流があるんですねって、すっかりネットの人気ものなの」
佐藤ははっきり宣言した
「それはやめなさい、今すぐアカウントを消すのです。きぼうの職員や支援者、利用者のことを書いていなくても」
「え」
黒崎の反論を佐藤は封じた。
「鈴木さんのことなんて論外です、あの方はあくまで障害者に理解ある資金援助者、誰かと特別な関係になることなどないでしょう、変な噂を立てられて迷惑になります」
河合が小さく「あとでブログ教えて」と耳打ちした、佐藤は聞き逃さない。
「利用者間の連絡先交換は違反です!」
だいたい、何か説教をしだす佐藤から黒崎も河合も逃げた。
 そして一人でぐびぐびペットボトルの大きなコーラを飲んでいる沙羽に、「何しろってろの」と黒崎が愚痴った。

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