君は希望を作っている #46

 社長をきぼうで見なくなって、沙羽も何か忙しいのか最近はあまり見ない。黒崎は日に日に口数が少なくなっていった。
「男に頼らず、経済的にまず自立してこそ大人の女」
「ずっと非正規ってことはこれからも」
「何?恋人もいないの?何か致命的な欠陥があるからじゃないの?」
別の利用者から、聞いたことがある言葉ばかりをそれみよがしに言われる。
刺さって来たのだ、その沙羽に投げかけたそれらの呪いが、自分の身に。
 実際、警備員とウェイトレス、自閉症と車椅子、そんな違いはあれど似たような状況だから同じきぼうにいたのだ。
「性格が悪くてもいいじゃない」
「貧乏でもいい」
「どんな時も自分を見てくれる、そんな人が、いつか……」
黒崎は沙羽に言っていた男の選び方をただうわごとのように繰り返した。
 そしていつしか暗く沈みがちになり、そんな黒崎にいつもついているやさしい支援者がカウンセリングをすすめたけれど、「もう歩けない」の一点張りだった。
 そんな黒崎に海老原が、いつものビッグへ誘った。黒崎は気が進まない返事をしたけれど海老原の勢いに押されてしまい、今日ここに来た。
「……何よ」
席で、車椅子の黒崎は黙ってシェイクをかき回す、少し溶けている。
「黒崎さん、僕ね、決まったんだ。就職。ホテルの調理見習いだけど……」
「あら、おめでとう」
黒崎は俯くばかり、海老原は笑った。
「黒崎さん今『おめでとう』って言ったの?」
「言ったわよ。わたしだけだよね、何も決まってないの。生かすスキルもない、勧められるのは事務補助、入力。ねぇわたし馬鹿にされてるの?馬鹿なの?」
何かを言って欲しくて黒崎は叫んだ。海老原は動じない。
「あぁそうなんだ……なんか最近様子変だよね黒崎さん、沙羽さんがいないからかな?」
「何でそうなるのよ」
怒りを露わにする黒崎を海老原は笑って言った。
「えぇ?仲いいのかなって思ってた」
「どうしてそうなるのよ、要件それだけ?来て損した、もう帰る」
黒崎が車椅子に手を掛けようとすると、海老原が真剣な顔をして言った。
「まだ車椅子なんだね」
「そうよ」
黒崎は車椅子を押す手を止めた。
「歩くの頑張ってたよね。またウェイトレスに戻りたいんでしょ?ミニスカート、また見たいなぁ、似合ってたなぁ」
「……H、っていうかわたしこの年で、義足よ?自慢の脚ももう一本ない、もう、歩けない」
海老原はわざとらしく黒崎の苛立つことを笑いながら言った
「あきらめちゃうんだ、ふうん、沙羽っちと違うのは、そういうところかな」
痛い所を突かれたのか、黒崎は声高に叫んだ
「わたしだって歩きたい!ミニスカートでウェイトレスがしたい。義足でも、おばちゃんでも、おばあちゃんになっても。
でも、もう支援者の言う通り現実的な道を選んだ方がいいのかな……。配慮は貰えるし、あそこの人事さん、いい人だし」
「ミニスカートは?」
海老原は黒崎に優しく問いた。
「ひまな時にでも履く。海老原くんはいいな、料理人の夢が叶って」
すっかり溶けたシェイクを黒崎はまずそうに吸った、海老原は言った。
「今日黒崎さんをここへ誘ったのはね、こういう理由なんだ」
そうして海老原は黒崎に壁のポスターを見るように促す、「スタッフ募集」と書いてある。

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