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ゆうと一万ドルとダンスバトル

 ものごごろついてからずっと、ゆうはわすれたことがない。
 だからここに来たんだ。
 世界一大きなダンスバトルイベント、ワールドダンス、経験不問参加無料。メインの種目は「フォーエバー」フリースタイルのチームバトルダンスだ。振り付けをして覚えて自分も振り付けを加える種目。味方にパスなら両手を上げ、相手に渡すなら片手を上げる。あとは、一定のタイム内に相手チームへ渡すこと。投了は頭の脇で両手を上に開き「さぁ?」って感じにすること。
 ゆうがスポーツでいちばん苦手な人の動きを読むこともいらない。ほんらいは体力に自信がないとか、見たものをすべて覚えてしまうというつまり自閉症のゆうみたいな人がスポーツを楽しむために作られたもの。
 ただし、やっぱりそこはダンスがうまい人がごろごろいる。なんのかんのと言ってやっぱり体力と運動神経はアドバンテージだ。人の反応を読むことも。
 まいにちまいにち覚えた通りにキーボードを叩くだけの簡単なおしごと、すごくゆうはストレスが溜まっていた。そういったおしごとはあなたのような人にはぴったりですよ、お賃金は安いですけれどね。紹介所の受付の人は笑っていた、ゆうは子供のころから人の笑顔が苦手だ、なんでも覚えてしまうから、例えばじゃんけんに勝ったら一万ドルをくれるといったらずっと覚えていて、くれるまでずっとせがんで、くれなくて、あんなの本気にしないでよという笑いが。
 だけどここはちゃんとしたところだ、何年も動画サイトでやっていてサイトもちゃんとしているし、協賛企業も調べた。だれもが知っているところだ。
 こんどこそ一万ドルをもらえるだろう。
 
  一回戦開始。
 敵はハム会社の社会人チームだ、ひとり参加のゆうはてきとうな「森のチーム」に入った、チームに入るのに苦労はなかった、だいじょうぶ?自閉症でしょう?チームの皆はゆうが自閉症だと自己紹介して、そのはきはきしゃべることにひどく驚き、そして笑っていた。
 驚く?一体自閉症にどんなイメージがあるのだろう?みんながやるようにやっただけで?こんにちははじめましてチームにいれてもらえますか。
 チャンスはこちら。さっそく森チームのいちばん背が高くて体が健康そうなのが両足ぴったり開脚。強者の余裕、でもファウル、こんなにみんな開けないよ!
 仕切り直し、森チームのおちびさんが手をひらひらさせた後で頬をぷくっとさせた、すぐゆうは真似する、真似して、ルールにのっとってそこに両足をジャンプクロスするアレンジを加えシュート、敵は、手をひらひらさせ頬をぷくっとさせ両足をジャンプクロスしなきゃならない。
 ぎりぎり、ハムをたくさん食べているだろう健康そうなチームはなんとか同じ動き、そこに両手を打ち鳴らして返す。
 でもそんなのかんたん、ゆうはそこに首を回す動きを加えて返す、ハムチームはもたもたしていて返せない、そんなこんなでゲームセット。
 
 二回戦開始。
 車いすのチームだ、ハンデとしてこちらは足や腰を使うふりつけを禁止されている。
 でもどうってことないさ、森チームの髪がソバージュなやせっぽちがおとなしく両手で花を作った、ゆうは上を見上げる動きを加え身体丈夫に人にパス。ナイスパス、身体丈夫がそこに加えたのはガッツポーズ。
 休憩時間、皆はあらためてお互いの呼び名を名のり、それから「誰も差別しない」と言った。笑いながら、えぇ、このチームも色んな方がいるんですよ、自閉症もどんな障害か知っています、みんなで優勝して、賞金は平等に分配しましょう。
 そうだ、あなたのおしごと、このスポンサー会社が作ったんですよ、しっています?
 ゆうは少し悲しくなった、誰も差別しない。
でも、あなたはちょっと。
今までいったい何回その言葉に裏切られ、傷つけられてきただろう。
ゆうはデバイスに入れたお気に入りの音楽でなるべくリフレッシュして気にしないことにした、三回戦まで、忘れないという自分の特性を信じることにした。だいじょうぶ、なんだって覚えているんだ。昨日はスクランブルエッグ一昨日はミネストローネ。
 車いすのチームは腕の力が強く、回る仕草も車いす自体を回していた。ウィンクの後の敵チームのパスを森チームの中年がなにも振り付けしないでパスしそうになって(ルール違反!)あわててしゃくれ顔を加えてなんとかシュート。
 ナイス!みんなで声をかける、声が出せない黄色シャツのチームメイトもハンズアップ。そしてその黄色シャツがウィンクしゃくれからの投げキッス。ナイスシュート!
 耳栓をしてきてよかった、ゆうは微笑む。耳栓がないと皆がこんなに楽しそうな声を出しているのが痛くてしょうがなくて悲しくなる、みんなが楽しそうなのは嬉しい。了承もうれしかった、意外ともらえない。
 シュートを敵陣に返したのは森チームのピンクリボンのお年寄り、動きはパワフル!敵の動きにプラスするのは両手ぐるぐる、なんとかパスして、身体丈夫がそこに両手パンを加え拾う、黄色シャツは鼻の前に手をキノピオみたいにして拾った。だいじょうぶ、タイムは十分ある。
 中年がグリーンカードを出した、休憩したい。彼はなにかの薬を飲みにいき皆も休む、こういうときちゃんと記憶する媒体もある。
 そのときゆうは過去の他人からの自分に対する扱いがフラッシュバックして、軽くパニックに陥っていた。
 そうだ、そうなんだ、いつもいつも、差別は致しません、自閉症がどんな障害か知っています。ありがとうございます、では、ここは少しうるさいので耳栓を付けさせて下さい、あなたの声が聞こえるものです。いいえ、それであなたはほんとうに聞こえていますか? 
軽い過呼吸、誰かが言っていた、こんなんで優勝できるわけない、1万ドルなんてあなたにもったいない、100ドルだってそうだ。お前はここで、わけのわからない、なんのやくにもたたないしごとをしていろ。言ったほうは忘れてしまう。
そうだ、みんなは忘れてしまうんだった。だからここに来た。だけどもう少し、音楽と二人きりにしてほしい。
休憩時間終わり、同じ動きで再開しなければならない、ゆうの出番だ!首こきっを加えシュートしたけれど、もうわけがわからなくなったようで車いすチームは投了の「さぁ?」。
ゲームセット。

三回戦。
ここまでこれた、みんなの力だ!身体丈夫がみんなと両手を打ち合う、がんばろう、スポーツシップにのっとって、お互いのアイデンティティは攻撃しないこと!誰も差別しない!ゆうは満たされていた、みんないい人だ、性別も本名もしらないけれど、ここでスポーツをするにはいい仲間たち。
でも、また、なのかな。
いやな予感がした、そしてゆうの予感は当たるのだ。
まず、三回戦の相手はにんげんじゃなかった。
他種別惑星生物、ゆうのおしごとでつくっているものを広める旅に行ったとき出会ったまぼ。見た目はほとんど猫、ねこ?でもちゃんとデバイスで意思疎通できる、差別はしない。
ゆうは見たことがある、ただし、接するのははじめて、だから、まぼを猫とどう扱いを変えたらいいか混乱していた。
だからみけまぼが空中一回転ジャンプというちょっと人間にはできないことをしてゆうの裏をかいても、ジャッジを呼ぶ気にもなれない、差別はダメだけど、個性を生かすのはルール上OK。黄色シャツはなんとか(できないことをやろうとすれば配慮されるので)身体をひねった後両ひざをまげて返す。
申し入れが入った。まぼはひざを曲げられない。合理的配慮はだいじ。猫、じゃなかった、まぼにできないしちゃいけない動きって何?ゆうはさらに混乱した。しきりなおし、黄色シャツは両目を閉じた後打つ。それをおちびちゃんがべろだした後シュート、白まぼがそこに余裕の両足ぱたぱたつけパス。
トラまぼがそれを両足クロスつけて返す。中年が顔洗いを加え、リボンのお年寄りがおしりふりふりを加えシュート、くろまぼはぜんぜん平気。そこにあくびをくわえさびてつまぼへ、さびてつまぼは身震いを加える、ゆうは混乱している。
「どうしたの?」
ソバージュがゆうをしんぱいそうに見る。それがなんだかゆうには寂しい。少しだけ、あの嫌いな笑顔の匂いがする。
ここにいるのは猫じゃなく人間。わかった。差別はよくない、でもじゃあ、急に変わる状況にどう対応していいかわからないで混乱しているゆうを疎外するのは(振り付けは覚えているのに何もできなかった)差別じゃないの?
ゆうはグリーンカードを出した。
音楽と二人きりになりたい、早く。音楽は急にルールを変えてしまわない。ルールはこう、猫じゃなくてまぼ、にんげん。でもどうすればいいんだろう。
「だいじょうぶ?」
デバイスにもチームメイトの身体丈夫からメッセージ。
「どうすればいいのかおしえてほしい。わからない」
息ができなくなりながらゆうは返信する。きっと咎められるんだ。失格処分になる。おなじことをしているつもりでもいつもあなたは違うという、ずっとそう。
「わからないのは仕方がない。でも、あなたは」
どきどきする、やっぱりぜんぜん慣れない。
「チームメイトの動きとまぼの動きをまねて、返すのがルール。
 手か足を曲げなきゃいいよ。だいじょうぶ!」
そうなの?よかった、それならゆうの出番だ。水を一口。
 そして帰ったコートで、ゆうは両目を閉じてべろだした後ぱたぱたつけ両足クロス顔洗いおしりふりふりのあくびをくわえ身震い、両手両手広げジャンプ!
 だれも返せなかった、ゲームセット。

 優勝は森チームです!
 約束通り賞金は平等に。一万ドルをゆうは受け取った。チームメイトからは今もメッセージが届く。自分の笑顔はわざとらしいのかもしれない、変な風に勘違いされる。とソバージュは言った。
 ゆうは少しだけ笑顔が好きになった。


かぐやSFコンテスト3落選作でした。


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