君は希望を作っている #43

 きぼうに最近あまり社長が来なくて、すっかり黒崎は面白くないというようにさおり織りも怠けている。沙羽のエディタは何かをインストロールしてくれと忠告してきた。
 ある日ぽつりと沙羽に言った。
「希望、まだ食べたいの?」
「出来れば甘酸っぱいのがいいなぁ」
沙羽は屈託なく言った。黒崎はあぁ、そう、と続けて、ぶしつけに机に林檎を乗せた。
「じゃあ、あげる。これは希望じゃなくて『きざし』だけど」
 ぽい、ぶっきらぼうに置かれた何の変哲もなさそうな林檎、赤い実に黄色の筋が入って見るからに甘酸っぱい、
「これが『きざし』?」
沙羽はまじまじと手に取って言った。
「そう、私の親類が沢山送ってきたの、みんなにも配らないと」
黒崎は席を後にした、相変わらず立とうとはしない。沙羽は慌てて言った
「ありがとう」
ふん、黒崎は返事をしたのか、沙羽は黒崎の後ろ姿を見つめる。
 さて、どんなに見つめても、林檎は林檎だ。
 無いと言える場合無いという価値は有る。
 じゃあ有る場合有ると言える価値は無い?
 希望も?そんな馬鹿な。
 いや有るんだから、有る場合も有ると言える価値は有るんだろう。
 今はそんな哲学してもあんまりお仕事にならない、林檎のいい匂い、さっそくお昼に頂こう。
 沙羽は昼休みに林檎を洗ってかぶりついた、黒崎はちゃんと切りなさいよ、と言いながら沙羽をどこか優しく見ていた。
 黒崎の小さな変化を、海老原も黒崎の支援者も優しく見守っていた。
 もう来ないと思っていた希望がきぼうにひょこっと現れた。じゃない、社長からの手紙、いやプリントだった。
 希望だったら良かったのに、沙羽はつまんなさそうに頬杖をつく。
 支援者はホワイトボードに一枚のプリントを貼った。
「えぇ、皆さん、今日は皆さんにお知らせです、鈴木さんが仕事を応募しています!ここに張り出しますので、興味がある人は見て下さい」
また障害者枠で事務補助かな、沙羽は関心がなさそうに目を細めた。
「これはいいお仕事ですよ、沙羽さん、応募しないんですか?」
佐藤に興味ないと沙羽、すると佐藤は作り笑顔を止め、腰に手を当てて言ったのだ。
「これは、企画のお仕事です」
「企画?」
沙羽はつい聞き返した。
「履歴書は要りません、企画の出来はもちろんのこと。あとは連絡。どうです、沙羽さん、いつも何か書いてらっしゃいますよね、どうしてもプログラミングがしたいですか?こういったお仕事はどうでしょうか?フリーランスとも平行しやすいと思うんですけれど」
「あ、はい、応募しておきます」
沙羽は慌てて紙を見に行った。
「とりあえずやってみる」
そしてプリントを見るやいなや、社長の人材募集に、沙羽は飛びついた。
「言っておきますが、知り合いだからって別に便宜は図っては貰えないでしょうね」
知っている、沙羽は佐藤の声を聞かず早速応募メールを書く。
「沙羽さんは自閉症ですので障害者枠で働くこともできますが、それが嫌だっていうのでしたら……いや障害者枠でも、あちらの求める基準は満たさないといけませんよ」
「わかってる」
「では、頑張りなさい。それにしてもこのお給料、私よりも高くないですか?」
佐藤はため息をついた、沙羽は最も企画も会計も何もわからない。まずググる。企画の立て方って?予算がいくらって決まっているんだ、待って、予算の中から人件費っていうかこっちの取り分もらうの?ひたすらググって勉強、勉強。
 会計のやり方がいくらググっても何にもヒントがないけれど、わかる範囲でいいから計算をやってみようか……。

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