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ジェルム〜宝石の島〜 第5話『謁見』
翌日、エントランスで過ごしていると、約束の時間にジャネルは現れた。
「お、おはようございます……」
「おや?緊張しているのかい?大丈夫、王だって取って食ったりしないさ」
そういう問題ではない、と突っ込むべきなのだろうが、とてもそんな余裕はなかった。
街の中心にある商業区の北にある城門は、厳かという単語で片付けてしまうにはもったいない程だった。何とも形容し難いそれは、あっという間に二人を飲み込んだ。そして、大きな扉の前には兵士がふたり、槍を携えて立っていた。
「騎士団、副団長のジャネルだ。昨日話した謁見の件で参った」
「は!心得ております!」
根回しは十分にしてあるようだった。さすがは副団長といったところだろうか。扉が開くと、赤いカーペットが真っ直ぐに続いていた。
「逸れるなよ?出られなくなるからな」
確かに……と思っていると、次には「冗談だよ」と。掴めない人である。本心では何を考えているのか、さっぱりわからない。百パーセント好意だと受け止めて良いのだろうか。リリアンはまだ半信半疑だった。
赤いカーペットが示す道を進んで行く。時に階段があったり、中庭があったり、塔と塔の間を行き来したり……玉座のある部屋まで、一体どれ程の時間がかかるというのだろうか。既に一時間は歩いているのでは。そう考えていると、ひとつの扉の前でジャネルが立ち止まった。
「ここが王の間だ。ホントは十分くらいで来れるんだが、特別に見学コースで一時間程散策してみたんだ。どうだったかい?」
「……」
「ありゃ、お気に召さなかったかな?」
本当に掴めない人だ。リリアンはもちろん、テッドも開いた口が塞がらなかった。貴重な体験をした、といえば確かにそうなのだが、それならそうと先に言って欲しい。
扉の隣にいる兵士にジャネルが声をかけると、王の間への扉が開かれた。まさか、兄より先に王に会うことになろうとは。兄は王に会ったのだろうか。どんな関係があるのだろうか。もっとも、研究の成果がそんなものだとは思えないが。
赤いカーペットの先に三段程の段差があり、その上に玉座、そして王らしき人物がいた。黒い長髪がなんとも印象的で、顔は白いベールで覆われていて見えなかった。幸い口元が見えたので、声のトーンと合わせればおおよその感情は把握できそうだった。
王の隣には、黒い鎧を纏った男性らしき人物がいた。この人物もまた、仮面で目元は見えなかった。口元だけ見ると、その顔つき次第では女性にも見えなくはないが、背の高さはジャネル以上あるように思えた。
「ジャネル・ウォルフクロウ、只今戻りました。本日は王に謁見を希望する者を二名、連れて参りました。お時間頂戴し、幸いに存じます」
「よい、構わぬぞ」
優しそうな声だった。少し、安心した。ジャネルはペコリとお辞儀をすると、王の間から出て行った。
「……おい!リリアン!」
小声でテッドにせっつかれた。二人に見惚れすぎて、テッドの自己紹介は全く耳に入っていなかった。
「お、お初にお目にかかります。私……リリアン、リリアン・ミンツと申します」
「ミンツ……はて、どこかで聞いたような」
首をひねる王に、後ろにいる黒い鎧の男が耳打ちをした。
「おお、そうか。三日前に来た者に、そなたと同じ姓の者がおったな。確か……」
「ディーン・ミンツではありませんか?」
「そうじゃそうじゃ。ディーン・ミンツ。もしやそなたは……」
「はい。ディーンの妹でございます」
「そうかそうか……」
まさか兄も王に謁見しているとは思いもしなかった。ジャネルはそれをわかった上で、ここへ連れてきてくれたようだった。兄との距離が一気に縮まったかと思ったリリアンだったが、次の一言でその思いは泡となって消える。
「だが、一足遅かったな。彼はイヴェールへと旅立ってしまい、もうこの島にはおらん」
「えっ……」
イヴェール。聞いたことがある。一年中雪に覆われた、白い世界。双子島とも呼ばれている、三日月型の島だ。兄は一体何の目的でイヴェールに行ったのだろうか。目的地はジェルムではなかったのか。疑問がまたひとつ増えた。
「して、お主はどうする気だ?」
「行きます、イヴェールへ」
先に答えたのはテッドだった。リリアンも迷いはなかった。というよりも、もうどこへでも行ってやるという、半ばやけくそな思いもあった。
「よかろう。だがお主達、エンブレムは持っていないようだが、どのようにしてここまで来たのだ?」
「どのように?洞窟を抜けてきたのですが……」
「なるほど。兵士がいないということか……それならば」
王が指示をすると、黒い鎧の男がエンブレムのようなものを差し出した。金色の縁取りがされ、ジェルムの島を中心に五つの島が刺繍されている、緻密なデザインのものだった。
「こちらがあれば、島同士の行き来が自由にできます」
「あ、ありがとうございます」
黒い鎧に似つかわしくない、優しい声だった。懐かしさすら覚えるのは、その声がどこか父に似ていると思ったからに違いない。そう思っていると、リリアンはまたテッドにせっつかれる。
「失礼。ザン・N・メイドと申します。王の直属の暗黒騎士団を率いております。以後、お見知り置きを」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って仮面を取った。美しい銀色の長髪に、とても綺麗な顔。男性にも女性にも見える美しい顔に、思わず見惚れてしまった。銀色の髪に、エメラルドグリーンの瞳がとても映える。「美しい」という言葉で片付けてしまうには、勿体ない程に。
「リリアン!リリアン!何度目だよ!行くぞ!」
またしてもテッドにせっつかれてしまった。リリアンは慌ててお辞儀をすると、テッドを追いかけていった。
「……確実に異変は起きている。頼むぞ、ザン」
「はっ」
三人が王の間を去った後、王はそう呟き、鎧の男はこくりと頷いた。
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