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手紙小品「冬の日、いかがお過ごしでしょうか」


拝啓 小雪の朝、こちらはすっかり冷え込むようになりました。

先日、冬のグリーティング切手を買い求めたのです。窓口で初めて箔押しだと知りました。封筒を傾けてみて下さい。赤くきらりと光る真冬の装いです。それとも、既にお気付きでしたでしょうか。

社会が大きくうねりを上げても、相変わらずの生活を続けて来た私ですが、近頃不意に思うのです。どこか、まだ見ぬ土地へ旅に出掛けたいと思う時、これまでは、旅と云えば一人旅が念頭にありました。行きたいと思った時は、早速旅程を組み立てて、準備万端整えて、休日を使っては一人気ままに出掛けるだけでした。ところがそこへ「一緒に」と、声を掛けてみたい様な、同じ景色を眺め見たら、どんなにか楽しいだろうと云う様な、かつて見た事のない夢を抱く事があるのです。

そんな風に人へ声を掛けた事などありませんでした。こんな思い付きが無ければ、気が付かずにこの後も生きていったと思います。それ程私は、人との関わりの薄い人間なのです。努めてそうした訳でなく、ただ自分の心のままに歩いて来た結果、そうであったというお話です。決して悲観して云う訳ではございませんから、どうか単純に、へえ、そうなんだと、流して頂ければ十分にございます。

全く、人生とは分からぬものですね。今日と云う一日だって、この後何が起こるか分からないのですから、一月後、一年後の自分なんて、想像出来よう筈がありません。分からないなり、時には石橋叩いて渡る気持ちで、時には縦横無尽に腕を振って、願わくば、楽しい気配のする方へ向かって、歩いてみるのです。

私はこれから先、どんな道を歩いて行くのでしょう。なんて、あなたに問いかけても、お困りになられるでしょうね。ただ、そうですね、真っ正直で、ありたいです。あなたに素直な人で、ありたいです。

また今日も、筆の赴くままに書き連ねてしまいました。いつもあなたが受け取って下さるから、それが遂嬉しくて、幾らでもお手紙致したくなるのです。世界中に「文化」と呼ばれるものは多いですけれど、私は、手紙文化程愛おしい文化は無いと思っています。郵便屋さんには、大いに感謝しなければなりませんね。

そう云えば先日、近所に美味しいパン屋さんができたのです。いつも行列ができて、繁盛しています。通りの銀杏並木も色づいて、今日は午後も穏やかに晴れているようですから、お気に入りの鞄を提げて、私もパン屋さんへ行って来ようと思います。

街にもそろそろ冬の気配が漂っています。あなたは寒さに強い人だったでしょうか。どうかご無理をなされませんように、暖かくしてお過ごし下さい。
                           敬具

    令和三年 十一月二十二日                                  

                             いち

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