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掌編「彼と音楽と世界」

 彼は耳にイヤーピース差し込んで世界を遮断した。繋がる先にはお気に入りのSONYウォークマン。手早く操作して、音楽を流す。途端に誘われる音の世界。彼は暫し瞳を閉じた。
 社会にはありとあらゆる音が溢れている。自然界のざわめきもあれば、人の織り成す世界もあって、話し声も、歌声も、祈りも、風説も、反旗も、皆彼の耳に入って来た。彼は殆どの場合それら全てを受け容れることが出来た。そうして又立ち上がってきた。けれども時々は耳を塞ぎたく思った。どうしてもしんどくて、もう不可ないと思った時は、鞄から音楽を取り出した。
 そうやって一寸だけ世界から遠ざかると、体に馴染んだ音譜がリズムを刻みだす。耳を伝ってそれは優しく、それは軽快に、それは悠然と、それは強く、体の隅々にまで流れていく。音の連なりに心共鳴させる日も在れば、不意に届けられた歌詞に心奪われる日もある。音楽は何度でも何度でも繰り返して、それだのに常に新しい発見を連れて来ようとする。全くもって一筋縄でいかないのは、果てしないこの世界とよく似ている。

 リフレイン、オールリピート、否、刹那。誰かの心震わせて、音・ザ・ミュージック。

 彼はイヤーピースを取り外して、元通りウォークマンを鞄へ仕舞った。心は晴れやかに、体中が漲っている。8ビートじゃまだ物足りない。16ビート刻みながら、世界の中へ飛び込んで行く。

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