暗黒の思い出
こういう体になると、失った左腕がまた動くようになったら、自分はものすごく快活な人間になって、幸せになるんじゃないかっていう妄想する。
飛び降りる前も、そう快活な人間ではなかった。
むしろ今の方が活動的になれているとすら言えるかもだ。
全身に重りがついたように動きにくくなり、歯磨きをしたり風呂に入ったりということすら億劫になってくる。
飛び降りる前は、よくそういう状態になり、
「ああこれは鬱病のせいだな」
と解釈したりしていた。
昔からとにかく生き方がわからず、自分と言う人間の特性も理解できず、どういうペースで生きたらいいか、自分という人間のセーブの仕方が全くわからなかった。
「もっと早く発達障害と診断してもらえばよかった」とか今は後悔できるが、それは本当に問題の本質なのか。
社会に出て、少しだけ人生経験を積んだからこそ考えられることも多々あるわけで、私は今までの経験に感謝するべきなんだ。
経験がなかった過去の自分の失敗をいちいち後悔していても時間の無駄なんだ。
それに過去の自分の行動を思い返している時間はかなり苦しい。
今日は朝の二度寝をしなかった。
絵を描いたり、本を読んだりして過ごしていた。
活字を追いかけるのにかなり体力を使う。
趣味の中で、最も頭を使わないのはTwitterだと思う。
楽で楽しいSNS。
私が大怪我をして、入院中病院でした思いは、私の中で暗黒の思い出として残っている。
私が過去にどんな罪を犯した人間だったとしても、割に合わない位ひどい思いをしたんじゃないかと思う。
病院に文句を言いたいわけではなく、この世の全てに文句を言いたい。
もちろん1番文句を言われるべきは私であり、私はただ
「なんで私がこんな目に」
って愚痴りたい。
東京で仕事をしていた時は、みんなの前で自分の能力不足が露呈して、しかもそれが毎日続き、かつそれがどうしても直せそうになかった。
入院していた時はそんなもんではなく、首から下は動かすことすらできない。
なのに、強くストレスを感じたのは仕事の方だったように思う。
私は13階からの飛び降り自殺を、一応実行はしたことに、ある種の達成感を感じていた。
飛び降りて以降の私のメンタルが安定しているのは、それに起因してるのかもしれない。