勉強する理由[機能性ディスペプシア闘病記-9]

大学の人間関係に大きなストレスを感じていた夏、浪人時代にお世話になった予備校のチューター(勉強を教える講師ではなく、生徒のケアなどをする職員)から声をかけてもらった。
個別指導部で新しく校舎を出すため、講師としてアルバイトしないか、というお誘いだった。

何かアルバイトしたいな、と検討していた矢先だったので、ありがたく引き受けた。
お世話になった恩返しも、もちろんしたかった。

新校舎の教室長は中田さん(仮名)。
アルバイト社員は合計で7人ほど。
講師1人で、生徒2人を教える形態。
対象は小学〜高校生と幅広かった。
担当科目は国語、社会、英語、数学(は苦手なので中学まで)。

講師の裁量でオリジナルの教材を作って良いことになっていたため、英語の授業では「次の文章を英語にしなさい」という問いで「坂本金八は日本一の先生です」などという例文を出したり、やりたい放題させてもらった。

生徒からのアンケートの評価はとても良く、ありがたいことにシフトリーダーになった。

個別指導塾には、もちろん全員ではないが、集団授業になじめないなど、何らかの事情を抱えた生徒がやってくる。
佐藤さん(仮名)もそんな少女だった。
高校でいじめに遭い、中退し、しばらくは不良グループにも入って荒んだ暮らしをしていたらしい。
母親の説得で、高卒認定(昔の大検)を取得して大学に進学したいと考え、入塾してきた。

僕が担当になったが、この世の全てを呪っているかのような鋭い視線が印象的だった。

なんの科目か忘れてしまったが、100点満点で20点ほどしか取れず、落ち込んでいた彼女が言った。
できないから、勉強したくない
僕はとっさに、「できないから勉強するんじゃないか?」と返した。

「もうできるなら、勉強する必要ないでしょう?
できない、わからない、だから勉強して、できるようになる、わかるようになる
知識だって、知ってたら本なんか読まなくていい。
知らないから、読むんじゃないかな」

ずいぶん偉そうなことを言ったが、このやり取りから、彼女は僕を信用してくれたようで、接し方が柔らかくなったように思う。

高卒認定は、高校を卒業していない人が、大学受験の資格を得る試験であり、本来塾で指導するものではないかもしれない。
そこもカバーできるのが個別指導塾の良さだろう。
僕も、高卒認定の過去問を購入して、独自に研究をした。

合格発表の日は自分のことのように不安で、一睡もできなかった。
夕方に彼女から電話があり、号泣しながら合格を発表してくれた。
電話を切ってから、オリジナルの卒業証書をパソコンで作った。

翌日、登校してきた彼女に渡して、みんなで泣いて喜んだ。

大学と比較してバイト先は楽しかったが、実は教室長の中田さんとの関係に悩んでいた。
講師とのコミュニケーションが上手くなく、せっかく採用しても数週間で辞めてしまうのだ。
みんなにとって何が不満なのか、よくわからなかった。
僕自身は気になっていなかったのだろう。
しかし、そのうち、管理能力の無さを僕に電話相談してくるようになった。

それも、深夜0時回ってからである。
それが何日か続いた。
気づけば講師が3人になっており、冬季講習を回すのもかなりの負担であった。

そして、体力に限界が来て、中田さんの相手(職場での愚痴聞き)にも疲れてしまい、退職した
佐藤さん始め、受け持った生徒さんのフォローを貫徹できなかったことが心残りだった。

バイトでいただいたお金が多少あったので、生まれて初めて一人旅をした。
高知県、坂本龍馬の故郷
そして、福岡県、武田鉄矢さんの故郷
(歴史上の人物に敬称を付けない文化はなぜなんだろ)

相変わらず実家では、自己中な祖父母の相手をするのに疲弊していたから、4日間1人になれる時間を得られてさっぱりした気分になった。

桂浜の坂本龍馬像の前で「刑事物語4」のラストシーンのモノマネをしたり、相変わらずなりきりごっこが好きだった大学2年の春。

そんな中、顔を合わせずに済んで助かっていた父が、単身赴任から戻ってきた(例によって短期離職のため)。

いいなと思ったら応援しよう!