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機能性ディスペプシア闘病記

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日本の新国民病とも呼ばれる機能性ディスペプシアの闘病記です。人生全体に関わるものだったので、発病前(幼少期)から完治までの流れを綴ります。
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#機能性ディスペプシア

発症[機能性ディスペプシア闘病記-10]

単身赴任で不在にしていた父が帰ってきた。 もはやこの頃、彼に対しての嫌悪感は頂点に達していた。 実家をしばらく留守にする前にも、自転車を盗んで警察に連れられて帰ってきたり、どうしようもない人間だと軽蔑していた。 彼が戻ってきた時も、顔を見ただけで吐き気がした。 また、父があまりに短期離職を繰り返すため、母は家計を安定させるべく資格の学校に通い始めた。 代わりに家事をやる、という名目で祖母が家に出入りするようになった。 元々徒歩5分のところに住んでいたので、同居同然のような

他者への期待[機能性ディスペプシア闘病記-8]

大学では教育学部に入った。 特に教員を目指していたわけではないが、「金八先生」が好きだったので、漠然とその分野に興味があった。 初回の授業から、違和感を感じた。 内容が、あまりに現実から乖離しているように思えた。 理想論というか、机上の空論に近い。 教育とは、僕のイメージでは「支援」あるいは「子どもの可能性を引き出す」というものだと認識していた。 学部での定義は「矯正する」「これなしではまともな人間に育たない」という、傲慢なニュアンスにも違和感があった。 グループワーク

はじめの挨拶 [機能性ディスペプシア闘病記-0]

はじめまして、「そらの空き地」と申します。 キザなペンネームをつけてしまい、非常に後悔しています。 普段交流のある人からはキャラに合わないと失笑を買うことでしょう。 いーよ、笑え笑え。 大学3年生の頃に機能性ディスペプシアを発症した。 僕の場合、毎食後に強い胃もたれが生じ、ぐったりと動けなくなるという状態が毎日続いた。 抜本的な治療法もなく、西洋薬(胃腸薬、精神薬)、漢方薬をいろいろ工夫したが一向に改善されず、年々症状は重くなっていくばかり。 うつ病も併発した。 なんと