それぞれの光と影のバランス
今日の月夜に思うこと。
一昨日、現在参加している下記学びの場の第2回目があり、実際に長年コミュニティデザインをされてきたの方の今考えていらっしゃる思考を耳にすることができた。印象に残ったのは、これまでのたくさんの実体験を伴うからこそのお話が、頭や身体を通して感じられた言葉になっていて、とても伝わってくるものがあったし、何よりも同じ時を過ごせたことが楽しい気持ちになった。その姿自体に学びを多くいただいた時間となった。
私がなぜ参加しているのかはこちらに書いています↓
https://note.com/soranami/n/n648cb54f8948
お話の中に関心ポイントが多すぎて、しばらく頭の整理がつかなかったのだけれど、今日の月を見たらぼんやり見えてきた。
「光と影のバランス」について。
背景には、下記のいくつかのお話のポイントから思考が始まっている。
※補足:自分のメモからの抜粋なので、私(受け手)の言葉が混ざっている可能性ありなので、参考程度にご覧下さい。
・社会的活動に関わる以上、正しさを学ばなければいけないけれど、ある程度で止めて、楽しさ・美しさを考える時間を大切にした方がいい
(上記を受けての思考)自分の経験として、課題に向き合う姿勢が止められず、日常でも思考が続いて心ここに在らずで楽しめない現象に陥ってしまっていることがよくある。この正しさと楽しさの時間のバランスについては、自分自身の課題でもあるので、意識していきたいと書きながら、また課題として考えて固くなりそうなので、書きながら思い悩む(笑)
・町づくりで地域の住民と話し合いをする中で、、正しいを基準にするのではなく楽しさや美しさを基準にして話し合うことが大事
また正しいと楽しさのバランスは、自分の中でのことだけでなく、誰かと関わる時にも相手がどんな基準を持って話しているのかも含めて、関わらないと基準が違うということが往々にしてあるということも頭に入れておきたい。この思考は続くよどこまでも。
・取材時に調べすぎない、素人感も大事、分かった気になって関係性を築けてないことがある。
これまでの基準とは変わるけれど、バランスの部分でまた考えさせられた。ささっとスマートフォンで調べられる時代の良さもありつつも、調べすぎて知ったつもりになったり、知りたい欲が狭まってしまう可能性があることにハッとした。今の時代の関係性の築き方として、調べすぎないからこそ生まれるものもあるかもしれないという新しい視点をもらった。
どちらかというと自分の行動では、例えば旅先のことをあまり調べないで行こうということはあったけれど、お仕事の時の相手に対しては調べがちな傾向にあったように思う。時に大事な情報にもなりうるが、関係性を作るということに光をあてた時に知らないからこそ、見えないからこそ影の部分を知りたいという気持ちも起こりうるのかもしれない。
・効率や持続可能性を意識した行動が必ずしも正解とはいえない。人生の充実や対話を繰り返した決断などもとっても大事。全体最適からはみ出すことも時に正解だ。
光と影という視点でこの話も捉えると、社会から提示された基準が果たして正解かどうかは立ち止まって考えたうえで受け入れる、もしくは基準を見直すということも大切にしていきたい。
これまで効率化に対しては、自分なりに違うなあと感じることがあり、今は時間をかけた方がいいだろうと自分なりに対処できていたように思っていたけれど、持続可能性については共感していたので自然と高い基準に置かれてきたことも受け入れていたが、いつの間にやらそれぞれのバランスがある中で絶対基準みたいに置いてはいないかとぞわぞわした。
人によって基準を持つバランスは様々であるから、互いにどんな基準を持っているかも含めて関わり合い、押し付けるのでなく、違いに興味を持って、歩み寄っていきたい。けれど、集団になればなるほど難しいのも分かるので、これからも考え続けたいテーマである。
今日はもやもやしながら月を見ていたら、考え途中の思考が進んだのはいいけど、
時には理由なく月がきれいだなあと無心でみていたい。
これから秋は空も月もきれいなのだから!