「私を終わらせて」.2
今度は姿を変えきちんと旅人のような装束を身につけたマデニウスは、都の民に怪しまれることなくハーメルンへ足を踏み入れることが出来ました。
1度廃墟へ戻ってからの再出発だったのですっかり日は暮れていましたが、都のあちこちにある澄んだ水でできた溜池や水路に映る月はうっとりするほど美しいものでした。
荒野にいるマデニウスにとっては月の映る池も透明な水も珍しく、しばらくぼーっと眺めていました。
「どうした、あまり見かけない格好だが旅人か?」
背後から声をかけてきたのは金髪碧眼の年若い青年でした。
「ああ、そうだ。何分遠くから来たのでな。少しばかり疲れてしまったから池を眺めて休んでいたところだ。」
「そうかそうか、この都の水はキレイだろう。おかげで農作物はどれも美味いし井戸の水もそのまま飲めるんだ。」
青年は初めて話すマデニウスに対して気さくで友好的でした。
「申し遅れた。俺はルーファ、この都の王の息子だ。」
「...ほう。ということは、そなたは王子なのだな。」
「まあ一応な。俺のことを慕ってくれるヤツもいるけど、肝心の親父はまだ坊っちゃん扱いで実権もほとんどない。まだ名ばかりだよ。」
「ここを訪れる前に立ち寄った村で「ハーメルンの王子が魔族の生き残りを討伐しようとしている」と噂で聞いたのだが。」
マデニウスは自身が襲われる理由を知るためにわざと王子に嘘をつきました。
「それが、なんでも魔族には大地を干からびさせる力があるそうでな。都の水が涸れてしまっては一大事だから、未然に防ぐために討伐する運びとなった。確かに指揮は俺に任されている。」
ルーファは物悲しそうに空に浮かぶ月を見上げました。
「けれども、親父から聞くにはその生き残った魔物はただひとり何千年も生きているそうじゃないか。............なんというか、家族のいない時を孤独に過ごすのは人だろうと魔物だろうと辛かろうにな。」
「........しかし都のためなんだろう。なら仕方がないのではないか?」
「それもそうなんだ。せめて、なるべく早くに終わらせてやりたいかな。」
「いいか、ルーファ。誰もが幸せになるなんて夢物語に過ぎない。おまえはおまえの守りたいものだけを守るべきだ。余計なことは考えない方がいい。」
池の水は小魚が跳ねた反動でしばらく波紋が浮かんでいる。
水面に映った黄身のような月は幾度となく揺れていた。