「ジウ」 第1滴

小さい頃、眠る前にかあ様が読んでくれた絵本。

物語の中には女の子がいて、男の子がいて、花も咲いていて、美味しそうな食事があって。

それから.............。

『かあ様、お空から地面に落ちてるこれってなあに？』

『それはねヒナタ、"雨"というのよ。』

『あめ？お空からキャンディが落ちてくるの？』

『ちがうわ。飴玉じゃなくて雨よ、空から雫が降ってくるの。それもたくさんね。』

あの頃は「空から細かい水が降ってくるなんて不思議だなあ」くらいに思ってだけで、たまにベッドの中でぼんやりと想像していた程度だった。でも、今はちがう。どうやら雨は本当にあるらしい。

とと様とお仕事の話をしにやって来た銀髪の男の人から聞いたお話。
商談のために遠い国から来たというその人はアランと名乗り、私に折り目正しくお辞儀をしてみせた。

「ごきげんよう、お嬢さん。この国周辺の気候は非常に暖かい、なかなか興味深い土地ですね。聞いてはいましたが本当に雨も降らないようですし、傘も必要なさそうです。」

「雨が降るなんて絵本の中でしか知らない。それから"傘"ってなに？」

「なるほど.........。傘は雨に濡れないようにするための道具です。私が暮らしている国では晴れの日も雨の日もどちらもあるんですよ。」

「え！あなたの住んでるところは雨が降るの！？一日中ずっと？」

「そうですね、一日中の時もありますし時間帯がバラバラの時もあります。降る日もあれば降らない日もありますね。」

「............すごい、本当に雨ってあるのね。もしよかったらもっと雨のこと教えてくれる？」

「ええ、構いませんよ。船の時間までなら喜んでお付き合いします。さ、ソファにお掛けになって。」

あの日アランから聞かせてもらった雨の話を思い返しては、水が肌を伝うひんやりとした感覚を想像してわくわくした。
まだ見たことがない物への恐ろしさや目にしてみたい好奇心が混ぜこぜになって、なんとも言えない胸の高鳴りになる。

"雨"という言葉を聞いた時に感じるこの言いようのない気持ちが好きだった。

私が生まれてあと１ヶ月で18年経つ。
およそ18年ずっとこの国で生まれ育ってきた。

けれど、私はこの国で雨を見たことがない。