「カラスは真っ白」.3
ハトとベンチは元々の気性が合っていたのか大変仲がよく幸せな時間を過ごしていました。
お互いに好きなものがよく似ていたので、語り合っている時は特にハトにとって幸福な時間でした。
「こんな日々がずっと続くといいなあ。」
ハトはようやく取り戻せた静かな日々を噛みしめながら穏やかなひとときに身を任せました。
ところが、ある日。
ハトはベンチの脚に深い傷が付いていることに気が付きました。
「その傷どうしたの?それいつできたの?」
「なんでもないんだよ。大丈夫。」
ベンチはいつも通り穏やかに返しました。
何か様子が変だと思いながらも口うるさくしてベンチに嫌われたくなかったので、更に踏み込もうとはしませんでした。
けれど、次の日も次の日も、さらにその次の日も。ベンチは見る度に傷が増えだんだん調子が悪くなっていきました。
見るに見兼ねたハトはベンチにこう言いました。
「お願いだから無理しないで。君が日に日に傷ついていくところを見るのは耐え切れない。」
ベンチはしばらくしてやっと口を開きました。
「私自身がもう脆くなっていてね。申し訳ないけれど休養が必要だから、もう休息所にはなってあげられない。」
その言葉を受けてハトは心臓を鷲掴みにされたような言いようのない痛みに襲われました。
けれども一緒に過ごしてきた間に自分の中で存在が大きくなっていたベンチの苦しむ所をもう見たくはなかったので、ハトは意を決して言いました。
「僕は大丈夫だよ。ここ数日の間に野生を取り戻してきていてね。なんとか生きていけそうだから。」
「ついでに僕に話したいことがあるなら正直に話してほしいんだ。全て受け止めるから。」
ハトの真摯な言葉にベンチは想いを連ねました。
「君が私の上で休んでいない時にも私の上で休んでいく人達がいてね。」
「元々私はあまり上等とは言えない木材で作られているし。たまに重みに耐えられなくてどうしようもなく苦しい時がある。」
「数年前からよくこの公園に通っている子がいてね。とある1人の少女が私の話を聞いてくれて労わってくれるのだけれど。」
「もうさすがに限界みたいなんだ。ごめんよ。」
ハトは言いました。
「いいんだよ。気づいてあげられなくてごめんね。伝えてくれてありがとう。」
「本当にすまない。こちらこそありがとう。」
「謝らないでほしい。君のお陰で僕はゆっくり休むことができたんだから。それじゃあ元気で。」
ベンチの幸せを祈りながらもハトは次に自分が住む場所を見つけるために羽ばたきました。
羽をいくらかパタパタさせて飛んだりひょこひょこ歩いたりしましたがハトはもう限界でした。
ベンチを知らず知らずのうちに傷つけてしまっていたこと。
ベンチが苦しんでいることに気づいておきながら何も言えなかったこと。
ベンチの心の支えとなっているらしい幼い女の子に嫉妬していること。
そして約束を守らなかったベンチを責めながらもまだ隣にいたいと思う浅ましい自分がイヤでイヤで仕方がありませんでした。
フラフラになるまで歩いて最後にハトが行き着いた先は街のゴミ捨て場です。
今度こそハトは倒れ伏し立ち上がれなくなりました。
「もうどこでもいいよ。僕はただ眠りたいだけなんだ。」
ハトはゆっくりと目を閉じこのまま開くことのないように祈りを捧げました。
あくる朝。
ゴミ捨て場の近くで火事が起こり、周辺は煤やら燃えた後の灰でめちゃくちゃになっていました。
ハトはゆっくり目を閉じたまま安らかに眠っていましたが、煤や灰で黒く汚れていてその姿はまるでカラスのようでした。
人々はゴミ捨て場を通り過ぎましたが、黒く汚れた姿をハトだと見抜けるものは1人もいませんでした。
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