最期の夜 ~前世~
「どうしてこんなことになってしまったのだろう…」
わたしは頬杖をつきため息をつく。
幼いころから何度も訪れている別宅。
夜のいつものなれた静寂。
いつもと違うのはわんさかいた御付きのものが、
今は一人しかいないことくらい。
「あなたもわたしのことなど見捨てて、あちらに侍らなくていいの?」
「いえ、わたくしはここに…」
おとなしそうな少女は子供のころからわたしのそばにいてくれた。
みんなが見切りをつけた中、ただ一人残ってくれていた。
「こんなことになるなんて…」
もう一度ため息をつく。
わたしの家系は代々巫女を継いでいた。
わたしは次の巫女総代になるはずだった。
生れた時から決まっていてので、そのための教育を受けて生きてきたし
その生き方に迷いなど微塵もなかった。
まさか自分が追い落とされる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
「権力争いなんて、自分には縁がないと思っていたわ」
もう一度大きなため息をつく。
これからなんて考えられなくて、不意に口から言葉がこぼれる。
「ねぇ、わたしをころしてくれない?」
わたしは自分の口から出た言葉に驚き、
彼女ははっとしたように顔をあげ、小さく頭を振る。
「あなたにしかたのめないのよ…おねがい」
続く言葉にわたしは「わたし自身」と「わたしの信じていた世界」に
思った以上に深く絶望していたことを知った。
「おねがい」と言えば彼女は断れない。そのこともよく知っていた。
彼女はその白く細い指をそっと私の首に回し、
少しためらった後ぐっと力を込めた。
息が苦しくて目の前が真っ赤に染まる。
水滴がぽたぽたどこからか落ちてくる。
その時初めて、彼女が泣いていることに気が付いた。
「なんて残酷なお願いをしてしまったんだろう…」
申し訳ない気持ちになった時、ふと彼女の手から力が抜ける。
「申し訳ございません。…やはりできません、できません…」
いきなり入ってきた空気に大きく咳き込みながら遠くに
彼女の泣きながら謝る声が聞こえる。
呼吸を整える余裕もなく、誰かが部屋に入ってくる気配がした。
あぁ彼女は悪くないのだと言ってあげなくては…
彼女がひどい目に合わされてしまうかもしれない。
身体を起こそうとしたところでふわりと抱き上げられる。
「あぁ巫女姫様、なんということか…世を儚んで自害なされるとは…」
聞きなれた声が身体を通して直に聞こえる。
わたしの側近であった男の声が。
身体が思うように動かないまま扉の外に運ばれる。
潮風と波の音で外に出たのだと知る。
恐ろしいほど明るい満月の光。
崖の下はすぐに海で、足を滑らせたらひとたまりも無い。
「この時間では海も波も高い。きっと遺骸は見つからないだろう…」
空に投げ出される感覚の後、風が自分の周りをすごい勢いで流れる。
身体に衝撃を感じて、しょっぱさと鼻の痛さで
海に投げ出されたことを知った。
服が重く絡みつき上手く動けない。
身体中も重いしこのまま海に抱かれて死ぬのだろう。
ただ彼女が罪を負わされないと良い。
そう想いながら深い絶望と共には母なる海に深く深く沈んでいった。
~終~