【短編小説】弱いとかじゃないよ
「弱いとかじゃないよ」
ひとしきり私が話して、沈黙がバスの停留所のようにやってきた所で、堀田さんがそう呟いた。独り言のようにも聞こえたけど、私が黙って堀田さんを眺めているともう一度同じことを言われたので、やっと私に話しかけていた事に気がついたふりをする。
飼っていた金魚が死んだ。
私が昔々に地元の祭りの出店でとってきた金魚だった。
最初、朝起きて、いつも通り鉢の中を眺めようと横から見た。なにもいない、うすく汚れた水中だったのであれ、と思って近づいたら、水面にぷか、と浮いていた。初めからそうだったみたいに。足がすくんだ。そして驚いた。愕然とした。こんなに突然なんだ。命がなくなるっていうのは。おもちゃよりも唐突だと思った。そして怖くなって、悲しいよりも怖いが先に身体を襲った自分にショックを受けた。
それを、いつも一緒に通学している友達に言ったら、「よわ、」と笑われた。
たかが金魚じゃん。犬とか猫ならわかるけどさ。
そう言われてから記憶が少し飛んだ。私は弱いという事実だけがぽっかりと、世界のど真ん中にあるまま、授業を受けた。
そしてたまたま、隣の席の堀田さんに声をかけられた。今日なんかおかしい?と。心配してくれた嬉しさと朝のことを、交互に見つめながら、また笑われたらどうしよう。と心臓が鳴っていた。でも私は、最後まで喋った。
堀田さんは笑っていた。笑っていたけど、全然いやじゃなかった。
「つらいね」
堀田さんの背後に光が差した。後光だ、ほんとうにこういうのってあるんだ、と思った時には、たくさんの金魚との思い出がかけめぐって、涙があふれていた。つらいときかなしいとき病めるとき健やかなるとき、私にとっては、間違いなく大切な存在だった。それを、たかが、と言ってほしくなかった。もう一緒に通学するのはやめよう、と冷静に考えている自分も頭の片隅にいて、意外と私は冷静じゃねーか、と思いながら、結局涙は止まらなかった。
そのあいだ、堀田さんはずっと机に肘をついて、私をじっと見ていた。ああこの距離感いいな、と感じる。放課後の教室には私たちしかいない。堀田さんは私を慰めない。馬鹿にもしない。
遠くから吹奏楽部のロングトーンの音が聞こえる。なんでかわからないけど、視界の片隅で、赤いひれがふわっと漂った気がした。
おわり