ヤマトタケル往還⑤(ミュージカル脚本)
ミュージカル
ヤマトタケル往還⑤ 海に消えた人
第七場 海
一行は船に乗っている。
タケイナタ いい風だ。順調だな。
従者1 こんな海、我々にとっては水溜りみたいなものだよなあ。
従者2 ひょいひょいっとまたいでっと。おっとっと。
一同 笑うがオトタチバナとサイは笑わない。
好天が急にかき曇り、嵐になる。
タケイナタ なんだ。急に。おい、船は大丈夫か?
従者1 ふ、船が…!
従者2 助けてくれ!
タケル どうしたんだ、急に! 何が起こっている?
オトタチバナ 海の神を怒らせたんです。海の神の怒りを鎮めなければ! タケル様、草薙剣をお貸しくださいませ。
タケル、剣をオトタチバナに渡す。
オトタチバナ、船の舳先に立ち、剣を捧げ持ちながら歌う。
オトタチバナの歌
♪海よ 海の神よ
姿を現し給え
鎮まり給え 救い給え
その怒り 我が受けん
この身 捨てても
全ての動きが止まり、海の神が現れる
オトタチバナとサイだけが動いている。
海の神と対峙するオトタチバナ、心配そうに見るサイ。
オトタチバナ 海の神よ。どうしたら怒りを鎮めていただけるのですか?
海の神 お前は美しい。私のところへ来るがよい。そうすれば、他の者の命を助けよう。
オトタチバナ 本当に?
海の神 私のところへ来るがよい。お前の願いを叶えよう。
全てのものがゆっくり動き出す
オトタチバナ、草薙剣をタケルに捧げて渡し、海へ飛び込もうとする。
タケル 何をする!
オトタチバナ 海の神の怒りを鎮めるにはこうするしかないのです。どうかお幸せに。
タケル だめだ! 行くんじゃない! 行くな!
オトタチバナの歌
♪煌めく光に 私を思うなら
きっと 私は 微笑み浮かべて
尋ねるでしょう 幸せかと
潮騒の音に 私を思うなら
きっと 私は 歌を歌うわ
あなたのための 歌を
どうか 信じて欲しい
いつでも 私
あなたの 笑顔を見たいから
お願い 信じて
いつでも 私は
あなたの 幸せ 祈っているから
微笑み忘れないでね
いつも あなた
私を護ってた
忘れないで
私もまた
あなたを 思って…
いつの日にも
いつまでも
あなたを 思って…
タケル 行くな!
オトタチバナ、海に飛び込み、タケルも追って飛び込む。船は壊れ、皆海に放りだされる。
オトタチバナ、海の上に立ち上がり、静かに海の神の方へ歩む。海の神、オトタチバナの手を取る。オトタチバナ、船の方を振り返るが、海の神、マント状の衣装を広げて懐に優しくオトタチバナを包み、誘う。
オトタチバナ、海の神の顔を見、海の神と共に静かに去る。
荒れ狂う嵐の音が大きくなり、暗転
海辺に静かに打ち寄せる波の音。
明るくなると、海辺にオトタチバナ以外が倒れている。
タケルが起き上がり、周りの者を起こしながらオトタチバナを探す。
水辺にオトタチバナの櫛が落ちているのに気づき、拾う。
タケル オトタチバナ、ほら、お前の櫛…。
タケル、辺りを見回す。
タケルの歌
(「どこまでも あなたと」)
♪どこまでも あなたと
どこまでも 行くと
何よりも あなたを
護ると 誓った…
タケル、立ち尽くす。
「どこまでも あなたと」の音楽。
暗転。
老婆 オトタチバナヒメを失ったタケル様は、まるで人が変わったようにひたすら道を進みました。
自らの身を護ろうともせず。ただ、いつか故郷に戻る、それだけをお心に決めていらしたそうです。
幕前、タケルとタケイナタ
タケイナタ 待てよ、タケル。
タケル なんだ、なぜ止める?
タケイナタ お前こそなぜそんなに急ぐんだ? お前に付いていきたいって奴がたくさんいるんだぞ。少しくらい待ったらどうだ。
タケル それが何になる。私自身すら都に戻れるかもわからないのだ。大勢連れていったところで、下手をすれば反逆の疑いをかけられかねないのだぞ。そんなに彼らを連れて行きたいのなら、お前が残って連れて行けばいい。
タケイナタ …。わかった。彼らは俺が連れて行く。尾張で落ち合おう。尾張は俺の故郷だ。都にも伊勢にも近い。ひとまずあそこに彼らを迎え入れ、我らが先に都に入って、追々彼らを迎え入れる。それでどうだ。
タケル 本気か? なぜそこまで。
タケイナタ お前に付いてくる人たちは、大事にした方がいい。
タケル …。
タケイナタ それともお前、俺がいないと寂しいか?
タケル 勝手にしろ!
暗転
老婆 それからどれほどの時がたってのことでしょうか。長い旅の果てに、タケル様が私の住む、そう、尾張の館を訪れてくださったのは…。
第八場 尾張の豪族の館
もてなしを受けているタケル一行
従者1 なかなかのものだな、この館は。
館の者 今我が主が参ります。しばしお待ちを。(去る)
従者2 これで少し休めますな。尾張の国まで来れば、もう都もあと少し。
タケル だが、そうゆっくりもしていられまい。伊吹山の勢力をなんとかしてくれ、と言うのだから。
従者1 まあ、そう慌てなさいますな。長旅で疲れている、そうおっしゃってゆっくりお休みください。タケイナタ殿もじき参られましょう。
館の主とミヤズヒメ登場
館の主 ようこそおいでくださいました。お噂はかねがね伝え聞いております。我が息子、タケイナタが大変お世話になりまして。
タケル タケイナタにはこちらこそ世話になっている。後から来ることになっているから、そのうち着くだろう。ここで少し待たせてもらうぞ。
館の主 承知いたしました。どうぞごゆっくりおくつろぎください。
こちらは我が娘、ミヤズヒメでございます。
従者1 おう、これはお美しい。
タケル 伊吹山の勢力を退治して欲しいとか。
館の主 はい。長年この辺りを治めております私ども一族も、ほとほと手を焼いております。帝に対しても、従う気配もありませぬ。
従者2 ご心配無用。タケル様が来たからには、あっという間に従うことでしょう。
館の主 ありがたいことです。とは言えここまでの長旅、さぞやお疲れでございましょう。まずしばらくはこちらでご滞在いただいてからのことでございます。ささ、大したものはありませぬが、どうぞお召し上がりを。ミヤズ、舞をお見せいたせ。(ミヤズヒメ他、娘たちに舞を促す。)
従者1 ほう、舞ですと? おお、さすがはタケイナタ様の妹御。あでやかなものですなあ。
従者2 まことにまことに。美しい方ばかりじゃ。
ミヤズヒメと娘たち、舞う。サイも周りで踊り、タケルを笑わせようとする。
照明、フェードアウト。
老婆 このミヤズヒメというのが、お恥ずかしながら私の事でございます。それからの日々は、私の生涯で一番輝いていた日々でございました。私はタケル様のおそばで、天にも昇る心地でございました。タケル様は、時折、私の向こうにオトタチバナ様を見ていらしたようでした。でも、私は私、それに気づくと、タケル様は、おつらそうな、何かを封じ込めるようなお顔をなさいます。私にできることは、ただ明るく、細やかにおそばに仕える事だけ。ですが、そんな日々も、少しはお慰めになったのでございましょう。いつしかタケル様も、時に笑顔を見せてくつろいでくださるようになったのでございます。本当に、幸せな日々でございました。
でもやはり、幸せは長くは続きませんでした。兄タケイナタが亡くなったとの知らせがあったのでございます。
<つづく>
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