親になってはいけない人
昨年、手術を受けた。
命に関わる病気ではないけれど、不調から受診、入院、手術へと一気に進んだ。
実家へは知らせなかったが、伯母が母へ伝えたそうだ。
伯母は母の実姉で、子供の頃から私がほっとできる稀有な存在だ。
家を出て独り暮らしをしていた私に母が様子を見に来たことは一度もないけれど、伯母は何かの折に様子を見に来てくれた。
そんな人で、今も気にかけてくれ繋がっている。
伯母は混乱していた。
「(母は)何の手術したのかも聞いてこないのよ。なんでなの。どういうことなの。ちょっと理解できない。」
私は答えた。
「気にしないで下さい。今に始まった事じゃないので。」
母が私に連絡して直接容体を聞くのだろうと思っていた伯母は、何の連絡も無いことを知って驚いたのだ。
暮れに義母(夫の母)が、電話で母が私の術後の心配をしていたよ。と言ってきた。
私は答えた。
「そうでしたか。」
・・・・・手術をしたことは知っているけれど、何の病気で何の手術をしたのかは知ろうとしない。
知らなければ何をどう、心配のしようがあるのか・・・・・
そんなこんな、思うことを飲み込むのはいつも私だ。
何も知らない義母は悪気なく常識的な言葉を私に投げる。
それを黙って受け止めるのも私。
母が心配しているのは私ではなく、「母親の面子」を傍目にうまく取り繕えているかどうか。
幼い頃に入院していた時の仕打ちと同じ。
母には一般的な親が持つ子供への情が欠如している。
子供に何かが起きた時、それは母にとって単に煩わしいことでしかない。
きっと実家の中では私の手術は無かったこととされ、母以外誰も知らないままだろう。
昔から変わらない。
なにかの折に『何も無かったことにしていた』のが露見し、何故黙っていたのかと父から咎められると母は私に忌々しそうに言う。
「私が黙っててあげたから全てうまくいってたのに!」と。
その『うまくいく』というのは、『母の立場と面目がうまくいく』という意味だ。
そこに子供の状況は一ミリも介在しない。
今回もあの人は『私が自分の胸に留めているおかげで波風立たずうまくいっているわ』と思っているのだろう。
ほんとうに、親になってはいけない人。