MSBP #利用する母

私はいくつかの病院を転々とした。

久留米大学病院、聖マリア病院、熊大病院
他にもあったかもしれない。

どの病院でどの処置をしてどうなったか。
その辺りは覚えていない。

どこの病院でも苺ミルクは変わらなかったし、母の温度も変わらなかった。

入院は個室の時もあれば相部屋のこともあった。

相部屋の時のこと、お世話に来ていた母が私に言う。
「ほら、お兄ちゃんのお膝に乗せてもらいなさい。」

同室には一人若い男性がいて、母はベッドの上で上体を起こしているその男性の膝に乗るよう促した。

私は幼少時の体験父親の影響で、大人の男性にも、膝に乗るという行為にも抵抗があった。

だけど拒否するという選択はなかった。
拒否すればその男性からの激しい罵倒が待っているに違いない。

言うとおりにする私に表情は無い。
懐いていたわけでもない単なる同室の他人の膝になぜ乗らなければいけないのか。

「良かったわね~お兄ちゃんに抱っこしてもらって。すみません、ありがとうございますぅ~」

母がその男性に向かって十二分な笑顔で言っている。
私には向かない顔。

我が子の表情が曇っているか晴れているか。
それは彼女の注意の対象では無かった。

母は『格差ある対人』は得意だが、『対等な対人』は不得意だ。

病院というところは全ての患者が対等な場所。
その人の背景など知る由もなければ語られることもない。

だから母は私を使う。

母の注意は、相部屋という対等な空間を必死に取り繕う母自身にだけ向いていた。

少し逸れる話、祖母の知人にマチノという方がいた。

ある日マチノが訪ねてきたが祖母は不在で、母がその場お相手をすることとなる。
そこに外から帰ってきた中学生か、高校生かの私。

私の姿を見た母はすぐに呼び付けて言う。
「マチノさんの車、すっごい車なのよ!こんな車に乗れる方はそうはいないんだから!一度乗せてもらいなさい!」

そう言うといきなり私の上腕を掴み、強引に助手席に押し込んだ。

「よかったわね~普通の人は滅多に乗れないのよ!ちゃんとお礼言いなさい!」

私は引きつりながらマチノにお礼を言う。
マチノは母の十二分な賛辞にまんざらでもないような困ったような。
そんなふうに笑っていた。

そんなにすごいと思うのなら自分が乗せてもらえばいいのに。
思いながらもマチノに失礼をするのが憚られ感情を抑え込んだ。

抑え込んだ私の頭には、入院中のこの相部屋での出来事が浮かんできた。

車はとても大きなランドローバー。
母が何度も得意気に繰り返すので、興味もないのに音としてずっとずっと残ったままだ。

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