第8話 秋風のせい
結局、あの日は誕プレを買えないまま、石井くんともう1軒カフェに行き、最寄りの駅で別れた。
悩みに悩んだくせに買ったのはネクタイと近くにあるコーヒーショップのおすすめのお豆。
「てか、買ったけど渡せるんかなぁ」
そもそも、当日に会えない。こちらの劇場の出番ではないみたいやし、わざわざ私が出向くのも変やない?と、自問自答していた。買ったはいいけどいつになったら渡せるんやろ…。
渡したら引かれないやろうか…。と考えながらも、日々は過ぎていき、石井くんの誕生日前日を迎えた。
「もう、いいですぅ」
劇場に拍手が鳴り響き、袖にはけてくる2人。この日はこちらでの寄席とコーナーライブがあった。
次はトークとコーナーやから準備せんとなぁ、と慌ただしく動いてると共演のインディアンスのきむさんに話しかけられた。
「なぁなぁ、誕生日ソングって流せたりするん?」
「えっ、はぁ、用意しますか?どうしたんですか?」
「明日さ、石井さんの誕生日やんか。サプライズしようかと思て」
「分かりました」
トークとコーナーが始まると
「そういえば、急ですけど明日ってなんの日か、お客さん知ってますか?」
という、きむさんの合図で誕生日ソングは劇場内に流れた。
「えっえっ、なんなん??!えーー…」
びっくりしてた様子やったけど、お客さんにもおめでとうコールも頂き、嬉しそうにしてたなぁ。そんな様子をモニターで見ていた私も嬉しくなった。
無事に公演も終わり、打ち上げ行こう!ということになったが、私はまだまだ片付けもあったし、後ほど合流するということで一旦お見送りをした。
「お疲れ様でした~」
と、仕事を終え、エレベーターを待っているとスマホが鳴った。
「もしもし。渡辺です」
「家電か。仕事、終わったん?」
石井くんやった。
「今終わりました。石井さん、どうしたんですか?」
「いまどこ?」
「エレベーターに乗るとこです」
なんでそんなこと聞いてくんねやろう、と思いながらエレベーターで下に降りると、出入り口に石井くんが待っていた。
「えっ、どうしたんですか?皆と打ち上げ行かんかったんですか?」
驚いて電話も切るのも忘れて、そのままで話していた。
石井くんもそのまま電話越しに
「もう、終わるかな思て、迎えに来てみた」
と、言い終わりスマホを切った。
思ってもみなかった現状に言葉も出なかった。私は立ったまま夢でも見てるんかな??
この間の偶然のカフェデート?といい、誕プレといい私の人生に何が起こっているのだろうか…。
出入り口の扉を開けると、ヒヤッと冷たい空気が顔に当たった。
「うっわ、さむぅっ」
この冷たい風が私の頭を冷やしてくれ、冷静に戻してくれようとしたけど、真横には長身イケメン漫才師が立っていた。
やっぱ現実やった。
「…ねぇ、石井さんさ。最近、どうしたんですか?」
「急にどしたん?」
「これは、長期計画のドッキリとかですか?」
「何言うてんの?なんの事?ていうか、なべさん目ぇ赤ない?」
この時点で私の耳には石井くんの声は聞こえていなかった。
「私になんかあるんですか?」
「はぁ?!どしたん?なべさん、なんか変やで。」
私なんか、おかしい。なんやろう…。冷たい秋風の夜に気持ちが弾けてしまった。
「この頃、石井さんが変です。
普段から人と話したりしないのに、私とは話してくれたり。意地悪してきたと思たら優しくしてくれたり。カフェ連れてってくれたり、誕プレまでくれたり…っ」
途中、私がベラベラ喋ってる中で石井くんの声が聞こえたけど、私の頭の中のモヤモヤをなくしたい思いが爆発してしまい止まらない。
「違うか、私がおかしいんかなぁ?自意識過剰なんかなぁ??私、石井さんと話してると緊張するんです。ぐるぐる、モヤモヤするんです。動悸もするし。正直、辛いです…しんどいです。」
「なべさん…?」
「あー、あかんです!帰ります!どうも、すいませんでした!失礼します!」
これ以上、言うと泣きそうや。
ん?でも、なんで泣くん?
1人でベラベラ喋って、ただただ立ち去るなんて、頭おかしいって思われたろうな。
私は石井くんの目の前から早く消え去りたくて、駅の方まで猛ダッシュで走った。
石井くん、めっちゃ困った顔してた…。
そのあと、どうやって家に着いたか覚えてない。
気がついたらベッドに潜り込んで、大泣きしていた。
子供が親に叱られて、顔が涙か鼻水か分からんぐらいに泣いた。こんなに泣いたのは久々やった。
次の日の朝、泣きすぎて目は赤く腫れていた。
「なんか、ボーッとするなぁ。泣きすぎたか…」
まさかと思い熱を測ると38度台をさしていた。
「なにもかも、あかん…」
体もだるく、その場にしゃがみこんだ。