第16話 好きの痕
「歓迎会…ですか?てか、私も参加ですか?」
新しい構成作家さんが入られて、突然だが歓迎会を開くと言い出す上司のプロデューサーから声を掛けられた。
「他のADの子達も誘ったしさ、なんせ橘くん、秋ちゃんの事よく動くしいい子だって褒めてて、是非にって言うんだよ~」
「はぁ…そうですか。ありがとうございます。」
石井くんとの水族館デートから1週間ほど経った頃、上司からの急な話やった。
その新しい構成作家さんは、橘 修也さんと言って私より年齢は1個下やって言うてたなぁ。
余りまだ一緒に仕事した事ないのに、なんで私?てか、どこで見てたの?
疑問を浮かべながらも、声をかけて頂いたので行く事にした。
んーでも、顔も正直まだよく分からんのやけど…。
「おはよう。秋ちゃん、どないしたん?難しい顔して。」
「あー、おはよう。安田くん、あのさぁ…」
と安田くんに話そうとしていると石井くんも楽屋から顔を出してきて
「おはよ。秋ちゃんが難しい顔て、お腹でも減ってんとちゃうの?」
「なんそれっ、もぉー」
「えーっ、ていうか、石井くんいつの間に秋ちゃんって呼び名変わったん??!」
なんて、3人してやいやいと話してると突然に大きな声が響いた。
「あーそこで話してるのは、コマンダンテの2人と渡辺秋ちゃんやなー!」
びっくりして、3人で飛び上がるようにして声の方向に振り向くと、コマンダンテの2人と変わらない程の高身長でモデルさんみたいに足の長いイケメンさんがこちらに向かって歩いてきた。
こんな芸人さんいたっけ?
コマンダンテならまだしも、なんで私の名前知ってるん?!
「あーごめんね。僕、構成作家の橘修也と言います。君が渡辺秋ちゃんやんね?大阪から来たばっかやから、分からん事ばっかりで。何でも教えてね!」
そう言いながら、私の右手を掴み両手で思いっきり握手してきた。その声と圧に負けて呆気に取られていると、横にいる石井くんがその握られた私の右腕を掴み
「もしかして…高校で一緒やった橘くんか?」
「おっ!気づいた??!ありがとうなっ」
「えーーーっ!同級生??!」
安田くんとハモる。
よくよく話を聞けば、高校3年間同じクラスやったけど、部活は違うし、余り話す事はなかったらしい。石井くんはサッカー部で橘さんは野球部やったらしい。大学は別々になって、石井くんが芸人になって東京にいてるとは聞いて知ってはいたと。
「僕もこうやって作家になって、芸人さんと仕事するようになって、いつか石井くんに会えるんやないかなぁって思てたんよ~!嬉しいなぁ!」
橘さんはニコニコと笑ってるけど、石井くん少し怒ってる?ちょっと、ムッとした顔してはるし…。
「橘くんさ、離したってくれへん?」
「あーすまんすまんっ」
石井くんがそう言うと、橘さんは握手していた手を離してくれた。
やけど、石井くんは私の右腕を掴んだまま。
「あれ?石井くんは離さへんのやね。」
そう言いながら、少し橘さんの右の口角は上がりながらも苦笑いをしていた。
「あっ……ごめん」
「だ、大丈夫で、す…」
安田くんはまだびっくりした表情のまま橘さんを見つめ、石井くんはもう一度私に「ごめんな…」と一言謝ってくれた。
石井くんが掴んでいた右腕を擦りながら、橘さんの顔を見上げると、橘さんの目には石井くんが映っていて、右手で口元を抑えて隠してるように見えるけど、薄ら笑いを浮かべてるのが私からは見えた。
悪い事を企むイジメっ子のリーダーみたいに私には見えた。
「あっ!そうや!今晩さ、僕の歓迎会があるんやけど、2人も来てよ!これから一緒に仕事していくんやからさ!石井くん、懐かしい昔話しようや!」
2人ともが同時に橘さんの勢いに負けてか、その場の空気で首を縦に下ろす事しか選択肢がなく、安田くんだけがそのあとに
「参加させて頂きますぅ」
とだけ発した。
石井くんは顔を下に俯いたまま楽屋に戻って行き、橘さんもその場から颯爽と立ち去って行った。
何やろう…
この重たい空気…。
石井くんの掴んでいた私の右腕には少しだけ、赤く痕が残った。