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ヘタレ師範 第13話「陽キャ道場」
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ジオンはハアハアと肩で息をしながら額の汗を拭(ヌグ)った。
「手間取らせやがって。見たかよ? これがホンマモンの格闘技ってやつだ」
しかし、ミヤギとオバサン、そして五郎は、壁際に倒れたミヒの介抱どころかそばに行こうともしなかった。
あまりに激しいジオンの攻撃にビビって動けなくなったのか?
ストリートファイトでもそうだが、頼りにしていた仲間の一人が、ボコボコにヤられていたり倒されたりすると、他の仲間たちはどうしていいか分からずフリーズしてしまうことはよくある。
倒されたミヒに、何もできない五郎やミヤギたちを見て、ジオンたちはみなそう思った。
こいつら、ビビってるんだと。
だってこれまでの道場破りでも、師範各のヤツを一人が二人倒せば、他の連中はたいてい大人しくなったからだ。
ガンカクが高笑いしながら
「はは、これで分かっただろうが? 」
テッキは
「ジオンの実力はざっとこんなもんだ」
ガンカクと同じように虚勢を張って見せたが内心では
「(でも浴衣、大丈夫かな?)」
ミヒが気がかりだった。
ガンカクは、おし黙っているミヤギや五郎たちに。
「ふっ、ビビりやがって。あまりの実力差に驚いて口も聞けないのか?
自分の仲間くらい介抱してやったらどうなんだ?俺たちを、シロウト扱いしてたじゃないか」
すると、オバさんが「黒ひげ大旋風」みたいにすっと立ち上がった。
「オッ、何だ?」
ガンカクとテッキは驚いて身構えた。
しかしオバさんは、倒れているミヒをチラッと見て。
「この娘(コ)に介抱なんていらないよ。そのうちケロッと立ち上がるから」
そう言いながら、スタスタと素通りしてしまった。オバサンの動きに、ビビってるなんて感じはまったく無かった。
テッキは驚いた。そしてまだ倒れているミヒを心配そうに見ながら。
「な、何だよそれ? 浴衣はジオンにあんな酷い目にあったんだぞ。敗(ヤブ)れて倒れている仲間をちょっと見ただけで『介抱なんていらない。そのうちケロッと立ち上がるさ』だと?そんな言い草があるかよ?」
オバさんが、まだ憤慨(フンガイ)しているテッキの前に立った。
しかしテッキは、ミヒにまだ気を取られていた。
ようやく視線を戻すと
オバさんのドアップの顔が、テッキの目の前にあった。
「わぁ、ババア!」
ほとんど悲鳴に近い声をあげて尻もちをついてしまった。驚いてオバサンから目が離せない。
オバさんはすまして。
「女をそんなに見つめるもんじゃないよ。いくらそんなに惚れたからってさあ?」
ニコッと笑いかけ、ウィンクまでしてみせた。
テッキはゾッとして、座ったまま下がりながら。
「ふ、ふざけんな! だ、誰がババアなんかと」
ジオンへ向き直り、涙目で。
「ジオン、さっきは女とは戦うなって言ったじゃん? でも、またまた女だぜ。頼むから今度も相手変わってくれよ。これじゃあんまりだよォ」
そう泣きついたが、ジオンは。
「女と戦うな?オレそんなこと言ったっけ?」
「何とぼけてんだよ? さっきそう言って、浴衣との試合取り上げたんだろ?」
「取り上げたって? よっぽどコリアと戦いたかったんだな。でもオレがあのとき、テツは若い女とは戦うなって言ったんだ。でも、そのオバさんだったらテツもヘンな気にならないだろう?
よかったじゃないかテツ。
今度は清い心で、自分のホントの実力出せるし、やっと女と戦えるんだ。かんばれよ」
テッキ、ウンザリ。
「あのさ、普通さ、格闘技ってのは、若い男と男の、鍛えあげた肉体と肉体のぶつかり合いだろ?
なのに、ここじゃよ、おフクロみたいなバアさまが俺の相手って?」
オバさん「フ、若い男同志が聞いて呆れるよ。
ホントは、ミヒちゃんと、若い男と女、肉体と肉体のぶつかり合いがしたかったんだろ? 顔に書いてあるよ」
あまりにズボシだ。
テッキ「何だよ、その言い方? 俺はホントはあの浴衣(ミヒのこと)が・・・」
オバさんは聞いてなかった。
「私はね、この姉ちゃん(ジオンのこと)の言うとおり、古くても一応女だ。ニイちゃんの肉体のぶつかり合いの相手になってやろうじゃないか。
なんだったらうちの亭主と代わってくれてもかまわないよ、これからずっと‥‥」
テッキは悲鳴をあげた。
このやりとりを見ていてジオンは思った。
「(明るい。いや明るすぎる。私たちに突撃され、仲間が私に倒されたというのに。しかも、統率する師範が、あのまったく頼りにならないヘタレだというのに。
この道場には何の緊張感も不安も怖れもない。
これまでの道場の連中は、私たちが突撃しただけで、驚きや恐怖、そして憎しみが渦巻いてた。
こんな緊張感のないヤツらは一人もいなかった。
それに引きかえここの人間は、最初から私たちを、大歓迎して楽しんでた。戦ってる最中にまで冗談を言い合ってる。どうして?)」
ジオンは一瞬背筋が寒くなった。
すると、オバさんの、亭主交換発言を聞いていたミヤギまでが
「てこたあ、カミさんに捨てられた俺の、新しい相手ってのは?」
道場の反対側に座っているガンカクを見つけて首をすくめた。
ガンカクの歌舞伎メイクから覗く目と口がニヤリ。
「心配すんなジイさん」
言いざまグローブのような自分の手をグイと握りボキボキッと指を鳴らせて見せた。その音は道場の反対側までよく聞こえた。そして
「コロしゃしねえからよ」
声は低いが、スゴミの効いた脅し文句である。ほとんどの相手はこれで静かになった。
しかし、ミヤギは左手の親指をぐいと突き出しクルッと下に向けてニヤリ。
ガンカクは歌舞伎メイクをピクッと引きつらせ。
「てめえ‥‥?」
ジオンは。
「(このミヤギという男、ガンカクを前にしても、緊迫感とか恐怖感といったものが全くない。明るい‥‥‥)」
次の試合は、オバさんとテッキだった。
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