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ヘタレ師範 第14話「試合」
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オバサンVSテッキ
「キエーッ!キエッ、キエッ、キエ―ッ!」
テッキは何度もフェイントのキックを仕掛けた。しかしオバさんは、あまり動かない。ミヒと同じように棒立ちに立っている。
動けないのか?
そんな動きの鈍いオバさんに、テッキは軽くジャブを入れたが何故か当たらない。
オバさんは、実は棒立ちではなく、『自然体』に立っていた。これはミヒのときも同じだった。
空手の自然体とは、型(形)の始まりと終わりの立ち方を言うらしい。ほとんど肩巾に足を開き、手は左手開手の手のひらに右手の拳を添え、金的を守るような姿勢をとる。身体に力みはない。
自然に両手を下げていることもある。
自然体は一説では「どこから攻撃されても対応しやすい」立ち方なのだそうだ。
ジオンがいきなり叫んだ。
「おいテツ、バアさん重心変えてる。だからテツのパンチが当たらないんだ!」
オバさんはニヤッとバカにしたような顔をした。
合気道や剣道のように前後に足を開く自然体は、前後の重心移動がしやすい。
その点、肩巾に脚を開く空手の自然体は、前後の重心移動が難しい。
しかしオバさんはそれをやっていたようだ。
でもどうやって?
ツマ先と、踵で重心移動をしていたのだ
それは、足元では些細な動きだが、頭はフラフラした動きになる。このフラフラがテッキのタイミングを狂わせていたようだ。
テッキ「畜生!そんなごまかしがいつまでも通用するか!」
テッキは、そう怒鳴りつけると、ここで決めてやる!とばかりに、渾身のミドルキックを放とうと‥‥。
「キエ‥‥?」
蹴り足を折りたたんだのと同じタイミングで
オバさんは、テッキに向かって飛び込んだ。
といっても、
オバさんは、自然体から前屈に進み、同時に追い突きを放ったのだ。ただし、彼女の動きは、意外なほど速かった。
移動稽古のとき、最初に、前屈下段払いに構え、突きながら前屈から前屈へ進むと、スピードがあまり乗らない。
それは、いちいち床を蹴って進むからだ。
自然体から前屈で進むときは、身体を前に倒し
前倒気味に転びかける。
瞬時に転倒を防ぐため前屈になる。
この動きは床を蹴る必要がない。
オバさんのこの、自然体からのスピードのある前屈が、テッキの出鼻を挫いた。
攻撃側が技を仕掛けようとした瞬間。受け手側が相手に迫る動きをすると、攻撃側の動きが一瞬止まってしまうことがある。
これを武道では「出鼻をくじく」と言うらしい。(諸説あり)
結局、オバさんの自然体からの前屈攻撃(実際は追い突き)の意外なスピードがテッキの出鼻を挫くことになり、
思わず身体を引いてしまったテッキのテコンドーキックはオバサンにヒットしなかった。
オバさんは、飛び込んだ勢いのまま、テッキに連続突きを打ち込んだ。しかし歳のせいか、間合いが遠かったのか、一発も決めることができず。
オバさんの勢いはここまでだった。
結局
テッキの若さがオバサンを圧倒し、テコンドーキックが何発もオバサンにヒット。彼女を昏倒させた。
オバさんもミヒ同様、立ち上がることができなかった。
テッキが勝ち誇って吠えた。
「ざまあみろ、クソババアが!」
オバさんの夫のミヤギは倒れている自分の妻を見ながら。
「ふ、もうちょっと遊んでやりゃよかったのによ」
ミヤギはそんなわけのわからない言葉をつぶやきながら、ガンカクの前に立った。
ガンカクVSミヤギ
ミヤギはそんなわけのわからない言葉をつぶやいてガンカクの前に立った。
「冷めてえ夫婦だなあ? え?」
「何のことだ?」
「てめえの女房が若い男に踏んだり蹴ったりされたんだ。『もうちょっと遊んでやりゃよかったのに』はねえだろ?」
ミヤギはすまして
「歌舞伎レスラーさんよ、おめえ一人モンだな。所帯持ったことなんてありませんよ。ってツラだもんな」
ガンカクは顔色を変えた。
「何だと!?」
「『遊んでやれ』ってのはウチのカミさんに言ったんだよ」
「負け惜しみかよ、遊ぶも何もあのババア気絶してるじゃないか」
ミヤギは軽く腕や脚をストレッチしながら
「夫婦ってのは、他人の目ン玉じゃ分かんねんだよ。特にチョンガー(独身のプロレスラーにはな」
ミヤギの言葉は、独り身のガンカクには全く理解できなかったが、彼の怒りを爆発させるには十分だった。
「ワオー!」
ガンカクはミヤギに向かってイノシシのように突進した。ミヤギをタックルして引き倒すつもりなのだ。
「おっと危ねえ」
ミヤギは、片足だけ後ろに下げ、両足を取られまいとしたが、もう一方の足は取られてしまった。
それで、ミヤギはガンカクの頭部にしがみついた。ような動きをした。
ガンカクはかまわず、ミヤギを掴んだ片足ごとひっくり返した。
「そうらよ!」
ズン!
ミヤギは出来そこないの「後方宙返り」のようにクルリと回転して、床に落ちた。
ミヤギは意識を失うことはなかった。どうやら、ガンカクの投げ方がよほどウマかったのだろう。さすがプロレスラーだ。
「イテテテ」
しかし、ミヤギの受けた衝撃は強かった。彼がなんとか身体を起こしたとき、ガンカクがいきなり後ろからミヤギの片腕を巻き込みながら首を締め上げた。「三角締め」だ。
「グッ!」
もがき苦しむミヤギに
「ジイさんのパンチはかすりもしなかったぜ」
「ウウ、ググ」
「苦しいだろ? あの世に行くほどな。でも心配すんな。俺は投技も絞め技も得意なんだ。
さっき言っただろうが『殺しゃしねえ』って。俺は確かに嫁さんもいねえハンパもんだけどよ、キチンと約束は守るんだ」
ミヤギはガンカクの口上を聞いてはいなかった。口から泡を吹いて気を失ってしまったのだ。
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