ヘタレ師範 第19話「グローブ恐怖症」
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ジオン「『最初の一撃』? 平安の形なんかでブロレスラーを倒す?そんなの、どこの誰が教えたんだよ?」
ミヤギ夫婦とミヒが、そんなの当たり前じゃないかという表情でジオンを見ながら五郎を一斉に指差した。
五郎はポッと顔を赤くした。
「いや、ボクは別に・・・ごめんなさい。ミヒとミヤギのオバさんが、ガンカクさんたちと、いいスパーリングができた。というだけで・・・」
テッキは、その言葉が気に入らなかった。
「何?スパーリング(練習試合)だと?俺たちはお前んとこの道場潰しに来てるんだ。そんなスパーリングなんて遊び半分な気持ちじゃねえんだ」
五郎「すいません。でもボクには道場破りでもスパーリングでも、どっちでもいいんです。
ミヒたちがいい勝負できたのは、それぞれ自分の努力で精進している証拠ですから」
ミヒ「何言ってんの? そんなの五郎ちゃんが教えてくれたからジャン。
だって五郎ちゃん、ココのセンセイ、そして師範なんヨ」
ジオンの怒りが爆発した。
「そんなワケあるか!? 何が師範だ、先生だ。オレたちは見てたんだ。あのオープントーナメントの時のその大センセイのザマをよ。
ブルって泣きべそかいて逃げ回ったあげく、ゴリラに蹴られて病院送りだったじゃねえか」
ミヤギが笑いをこらえながら
「そのゴリラがどうなったのか忘れたのか?
それに姉ちゃん、何そんなにカッカしてるんだ? 何か五郎ちゃんに恨みでもあんのか?」
オバさん「五郎ちゃんに、ていうよりなんか男というものに恨みがあるみたいだよ。アタシはそう思うんだけど。違う?ジオンちゃん?」
ガンカク「ジ、ジオンちゃんって?」
テッキが小声で
「カワッ」
しかしジオンの顔色が見る見る変わり。
「やかましい!お前らに、ちゃん呼ばわりされるスジあいなんかねえ!
お前らは確かに、ガンとテツをノシちまった。だから、バアさんと、浴衣女の実力は認めてやるさ。
でもそのヘタレは一度も戦ってねえだろ?へ理屈ばっかりこねやがって。
実力でオレを納得させろ。その男がオレに勝つことができれば、師範だ先生だってタワごと認めてやるよ」
ジオンはそう言いながら、さっきまで枕にしていた自分の赤いバックを開けた。
オバさん「おや、旅行でも行くのかい?」
ジオンが出したのはボクシンググローブだった。
「エッ?それは?」
五郎がなぜか後ずさった。顔が蒼ざめ、額に冷や汗が滲んでいる。
ジオンはかまわず
「ここの連中は、今夜は開手しか使えないんだろ?(五郎に)大先生、さっきそう言ってたよな?
それに、さっきの先生の講釈(説明のこと)じゃ、開手での攻撃はボクシングパンチくらいの衝撃があるんだろうが?
だったらお互いグローブで試合をやろうじゃないか。開手なんかよりよっぽどまともだし。何よりフェアだろうが?」
ジオンはガンカクの手を借り、グローブを装着しながら、そう言った。
途端に五郎が、床にしゃがみこんだ。
「だ、ダメです、ボクは無理です、戦えません」
唇がこきざみに怯えている。
ガンカクが。
「何だこいつ?」
ジオン「そら、見ろよ。これがお前たちの先生だ。
オープントーナメントの時と同じだ。イザとなったらただの泣き虫オタクじゃねえか」
ところがミヒがすかさず駆け寄り五郎の手を取った。
「ゴロちゃん、大丈夫だよ。今夜はあのときとはチガう。だから・・・」
耳もとで励ました。
ガンカクは目をむいた。
「え?何だコレ?」
ジオンたちもあっけにとられた。
テッキ「こんな道場ありかよ?」
あるはずがない。師範が道場破りに怯え、それを若い女弟子が手を取り、耳もとで励ましたりする道場なんて。
テッキ「羨ましいかも?」
ジオンの眼はカッと怒りに燃えた。
「ふざけんな!ヘンタイ道場かよ、ここは?」
ガンカクも驚いたが、彼はプロレスラーのいろんなキャラをリングの上で見ている。
ジオンやテッキよりも冷静だった。
ガンカク「でも、そんなことより、浴衣の言ってた『あのときとは違う』ってどういう意味だ?」
ミヒは、ガンカクの言葉を無視して五郎に優しく。
「ゴロちゃん、今夜はグローブなんてつけなくていいんだから」
ジオンたちは、ますますワケが分からない。
オバサンが
「五郎ちゃん、グローブ、嫌いなのよ」
ガンカクが呆れて
「格闘家がグローブ嫌いってどういうことだよ?」
オバサン「嫌いというより怖い、と言うかさ・・・」
たまらずテッキが吹き出した。
「ははは、この男、ヘタレに変態にグローブ恐怖症の空手師範かよ?」
しかし、単なるヘタレや臆病者なら、空手道場の師範になんかなれるはずがない。
テッキやガンカクを一撃で倒すような弟子がついて来るワケがないのだ。
ジオンは何かを感じてオバサンを睨みつけ、
「どういう意味だ?グローブが怖いって」
ミヤギが答えた。
「あのオープントーナメントのとき、五郎ちゃんが怖がったのは、試合とか、相手のゴリラのことじゃなかったんだよ」
五郎が慌てて。
「いえ、ボクは試合もゴリラさんもグローブも怖かったンですから」
ミヤギ「その中で一番怖いのがグローブなんだよな五郎ちやん?」
「グローブが一番怖いって?」
ミヤギ「空手系格闘家がグローブなんか着けると、どうしてもワザが制限されるからな。」
ジオン「グローブがワザを制限する?それが、戦う相手より怖い?」
まったく意味が分からない。
するとオバサンが。
「あんたたち、空手が、パンチとキックだけだと信じ込んでない?」
テツキ「あったりまえだろうが!それ以外に何があるって言うんだ?」
「空手のさあ、手だけのワザがいくつあるか知ってるだろ?
正拳、裏拳、孤拳、掌底、鶏口、貫手、手刀、中高一本拳、バラ手、鉄槌、平拳、肘打ち‥‥」
オバサンは、その一つ一つを自分の手でやって見せた。
そして自分のミゾオチを指し、テッキに。
「突いてみな」
テッキわけが分からず。
「へ?なに?何だよ?」
オバさんはいきなり大声で。
「パンチだよ!ストレートパーンチほら!」
テッキは驚いたが、結構速い左ストレートを繰り出した。
とたんに、オバさんは右手刀(シュトウ)で受け流し、同じ手を裏拳(リケン)にして、テッキの喉もとに軽く打ち込んだ。
テッキは見事に投げ飛ばされた。
「何するんだ?いきなり」
怒るテッキを無視して。
「私なんてまたまだでさ。相手が中段のストレートパンチだって前もって分かってるし、段取り稽古というか、約束組手だからこんな投げワザ使えるけど実戦じゃとてもこうは行かないよ。でも」
ミヤギ「五郎ちゃんはね、この手ワザほとんどを正拳と同じくらい操(アヤツ)ることができるんだ。しかも、実戦でも当たり前にな」
ミヒ「なのに、グローブなんか被(カブ)せたら正拳と手刀(シュトウ)くらいしか使えないでしょ? 他のワザあるのにモッタイナイ」
ジオン「大げさ過ぎらあ。手のワザが制限されるからグローブが怖い? 手ワザなんて、正拳一つでいいじやねえか。ほかのワザなんているかよ」
オバさんがジオンにすっと近づいて。
「そのコスチューム、真っ赤っかでかっこいいよね。アンタ作ったの?よく似合ってるよ」
オバさんがジオンのそで口を、いきはりクイッと掴んだ。
「離せ!何しゃがる?」
振り払おうとした。
だが外せなかった。
オバさん「いま思い出したんどけど手ワザには
『掴(ツカ)み』ってのもあるんだよね」
「だから何だよ?離せ」
ジオンはオバさんの手を何度も払いのけようとしたが、払えなかったし、生地も強くて少々払ったり引っ張っても破れそうにない。
オバサンは肩にも肘にもどこにも力みがなかったので、力(チカラ)がお互いにぶつからず「のれんに腕押し」状態になっていた。
業を煮やしたジオンは、今度は自分の身体ごと思い切り引っぱった。
「離せ!この変態ババアが!」
完全に脱力していたオバサンの指先から、ジオンの袖口が抜けた。
しかし、ジオンは勢いあまって思いっきり体勢を崩してしまった。
ジオンはバランスを崩しながら。
「(あのヘタレを突き飛ばしたときと同じだ。何の抵抗もない)」
そう思ったのは一瞬だった。彼女は体制を立て直せなかった。
すると、後ろに勢いよく倒れてしまいそうなジオンを誰かが支えてくれた。彼女は転倒をまぬがれた。
オバサン「危なかったねえ、大丈夫かい? こんな掴みワザだけでも、相手の体勢を崩すことができる。
そんな多彩なワザが使える格闘家の手をバンテージとグローブで封じこめられちゃう。
五郎ちゃんには、真剣の達人相手に木刀で戦えってのと同じで、さぞかし怖かったハズだよ」
ジオン「バカバカしい。そんなに怖けりゃそっちは平手でけっこうだぜ。なあガンカク?」
そう言いながら彼女は振り返って、自分を受け止めてくれた相手を見た。
それはガンカクのはずだった。ガンカクはなぜかいつもジオンを庇おうとするようなところかあった。
ところが、今ジオンを受け止めたのはガンカクではなかった。ガンカクはさっきのミヒのヒザ蹴りがまだ効いていた。
それは五郎だった。
さっきまで震え上あがってミヒに慰められていたはずなのに、今はジオンの身体をフォローしていた。
「ワッ!て、てめえ!」
彼女は悲鳴のような叫び声をあげた。
「お、お前さっきまで怖がって泣きべそかいてただろうが? しかも女なんかに慰められて」
ミヒ「でもゴロちゃん、元気になったんだから、それで良いじゃない。
それよりお姉さん、女なんかに慰められてってことばシツレイ。
それセクハラワードね。第一、姉さんだって女じゃないか」
ジオン「チャチャ入れてんじゃねえ!こいつが情けないって話だろうが」
五郎は下を向いたまま。
「あの、すいません。ケンカ止めてください。
ボクがヘタレで情けないのは本当てす。
それに、よく考えたら、ここの道場はグローブでなんかで戦わないし、
第一グローブなんて置いてないってことを思い出したんです。バカみたいですね。
そのことを思い出したらなんか元気になっちゃって・・・ 」
ニコニコしている。
テッキは呆れて。
「こいつヘタレのクセにノーテンキかよ?」
ーーーーーーーーーーーーー本文終わりーーーーーーーーーーーー
20話「五郎とジオン」へつづく(準備中)
★17スパーリング終わり