ヘタレ師範 第7話「庇い手(カバイテ)」
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3人が振り向くと、ゴマ塩頭の初老のオヤジがニヤニヤ笑っていた。風体を見るとどうもカタギには見えない。
すると、今度は別の声がした。
「それにさあ、ここの見物人も、アンタたちも、今の試合見て、青ゴリラが勝った。白帯のほうが負けた‥なんて思ってんだろねえ?」
声の主は、ゴマシオの横に座っていた中年の女だ。この女もカタギらしくなく、飲み屋の女のような雰囲気だ。茶髪にパーマをかけている。
テッキがかみついた
「いくらジジババだからって、こんな会場に来てるんだ。試合の勝ち負けくらい分ンだろう? なんで、ノビちまったあのヘタレが勝ちなんだよ?」
そのとき、会場がまた大きく湧いた。
ガンカク「何だ?」
ジオン「何だかヘンなことになってるぜ」
テッキ、会場を見下ろして。
「あのゴリラ、いったいどうなってンだ?」
さっきヘタレ男が運び出された会場で、まだ何人かの人々が騒いでいた。
その人垣の中心にさっきの青いキングコングがのびていた。彼は胸を押さえてうめいている。
またストレッチャーが運ばれ、うめき続ける青いゴリラを数人がかりで担ぎ出した。
ざわめく会場にウグイス嬢が。
「皆さまお騒がせいたします。ただいま氷山選手負傷のため‥‥」
ジオン「負傷?どうして?」
三人組は思わず顔を見合わせた。
そのアナウンスと、会場のうわさを総合すると。青ゴリラは勝ちは宣告されたが、ヘタレの庇い手が、偶然胸部を直撃して、肋骨を数本骨折したらしい。
テッキ「なアんだ、まぐれ当たりかよ」
ガンカク「しかし肋骨数本って‥」
ジオン「偶然? あんな攻撃にもならない庇い手で?」
すかさず、パーマのオバさん
「やっぱり何にも見えてなかったんだ」
テッキ「何だよ? ゴリラが肋骨折ったからって、あのヘタレが勝ったとでも言いたいのかよ? 」
ゴマシオ「じゃあどうして、青ゴリラの肋骨は折れたんだ?」
テッキとガンカク「いや、そりゃ・・・」
答えることができない。
ゴマシオが「仕方ねえな」とでも言いたげな大きなため息をついて立ち上がると3人組の前に立った。
ガンカクが反応して立ち上がり、ジオンを庇うようにゴマシオを遮り、睨みつけた。
緊張感が走る。
ゴマシオが呆れ気味に。
「ガキのケンカじゃあるまいし、メンチ切りってやつか?
俺も若い頃はよ、大阪で用心棒ンときによくやったわ。でもいくら睨んだって、にらめっこと実力は関係なかったけどな。それにだ。お互い、もうそんな歳じゃねえだろ?」
テッキが
「ガンカクはよ、慣れてんだよ。リングの上じゃいつも対戦相手とにらみ合うんだ。すると顧客が喜ぶんだ。ヤレー!ヤレー!てな具合に」
ガンカクがテッキに怒鳴りつけた。
「うるさい!テツ、横からぺちゃくちゃしゃべるんじゃねえ!」
しかし場内の観客たちは、そんなことには気づかず、他の試合に声援を送っている。
ゴマシオはふっとため息をついてこの緊張感をほぐした。
「だから、オメエたちも、この観客も、ゴリラを勝たせた審判も、揃いも揃ってみんなシロウトだってことだよ」
今度はテッキが。
「ジジイ、俺達にケンカ売ってんのか?コラ!」
ゴマシオはそれを無視してガンカクに。
「オメエたち、さっきゴリラが不幸な偶然で骨折したって言ったよな?」
ガンカク「それしか考えられないだろうが。あのヘタレの 庇い手が・・・」
その瞬間、
ゴマシオの強烈な左ストレートがガンカクの胸板に炸裂した。歳のわりにはあまりに鋭い。
ガンカク「何しやがる!」
怒ったガンカクはゴマシオを客席へ吹き飛ばした。幸い付近には他の観客はいなかった。ほぼ満席なのに、この3人組が不気味すぎて誰も近づかなかったのだ。
ガンカクは、パンチを受けた胸の当たりをポンポンと払った。何の影響も受けていないらしい。
「ふざけた真似しやがって。だけど、ジジイにしてはいいパンチだな」
ゴマシオは、パーマおばさんに助けられ、何とか体を起こしながら
「俺は元ボクサーなんだ、プロのな。
その後ヤクザの用心棒ってわけだ」
ガンカク「ボクサーも用心棒も元が付くんだろ? まあその歳じゃあな。
俺の商売はな、プロレスラー。しかもゲンエキだぜ。元じゃないんだ」
ジオンはあきれて
「なにマウント取り合ってんだよ? おまけにメンチ切り? 完全にガキのケンカじやないか」
オバサン「姉ちゃん、男って動物はいくつになってもガキなんだよ」
ゴマシオ「ほお、ブロレスラーねえ、人は見かけによるもんだなぁ。
で、どうでい? 元プロボクサーのバンチ、胸に喰らってオメエさんの肋骨、何本折れた?」
ガンカク「馬鹿にすんな、いくら激しくたって、年寄のあんなパンチ・・・」
そう言いかけてガンカクはハッとした。
「待てよ・・・?」
ゴマシオ「ようやく分かったかい? 五郎ちゃんの庇い手はよ、俺のパンチに比べりゃはるかにノンビリしたもんだった。
でもそのノンビリ庇い手が、オメエみたいなあのキングコングの肋骨をへし折っちまったんだ。
そんなまぐれとか偶然て、本当にあるのかねえ?」
3人組はもう一度顔を見合わせた。
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