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文字だけの、見えない君を探してる。 第十五夜 嘘つき

また火曜日は巡って来た。
かなえの足は、あの店に向いていた。

暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。
奇妙なラーメン屋は、今日も同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。

数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。
かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。
かなえはテレビの横の席に目をやった。
大河原がかなえに向かって手を振っている。

うわっ……。
大河原さんがいる。
だけど、これを避けるのもおかしい。

かなえは大河原の隣に座った。
大河原はテレビの横にあるノートとボールペンに手を伸ばした。
ノートを開くと、かなえに見せた。

「消えちゃいました。鋤園さん……」

「えっ……」

「相変わらず、ノートの続きは真っ白です」

「それは……」

「あれからこの店に来てないんでしょうか。それとも、本当はもうとっくに来ていて、だけど、このノートにもう文字を書いてくれないんでしょうか……」

嘗て、鋤柄さんがノートから消えてしまった日のことが甦る。
大河原さんの気持ちはとても分かる。何もかもが一度経験済みだった。
大河原さん、鋤園さんは今、あなたの隣にいる……。
わたしが“鋤園直子(仮)”だったと、正直に伝えるべきだろうか。
言ったところで、結局もっとショックを与えることになるのではないだろうか。

「僕、この文字だけの鋤園さんに、少なからず救われたんです」

「え……」

「だから、直接逢ってみたかった……」

「……」

「すみません、こんなこと。かなえさんに言っても仕方ないですよね」

「いえ……。大河原さん、あの……!」

かなえが何か言おうとした、その時だった。
店の戸が開く音がした。

まさか、鋤柄さん!?

かなえは慌てて戸の方を振り返った。
現れたのは、桃華だった。

「え、ウソ!!」

「あっ、いたいた!かなえ先輩、ここにいると思いましたよー」

桃華は味噌ラーメンを手に、かなえの隣へとやって来た。
かなえの隣にいる大河原を見て、目を丸くした。

「えっ、この方は……?まさか、かなえ先輩の彼氏さん!?」

「ち、違う違う!!」

「それに近い時期もあった気がしますね?」

「え?そうなんですか?その話詳しく聞いてもいいですか?」

「聞かなくていい!ほぼ普通に知人だから!」

おい、大河原!
こいつ、後輩の前でなんてこと言ってくれてるんだ!
そもそも婚活パーティーで出会って、わたし達はもともとカップルになっていない!
勝手にルール違反して、連絡先を渡してきたんだろうが!!
わたしが“鋤園直子(仮)”だなんて、教えてあげる価値などなかった!!

大河原の手元には、“鋤園直子(仮)”からの続きの“文字”が書かれていないノートが開かれたままだった。
桃華はすぐにそれに気がついた。

「そのノート……」

「えっ、あ、このノートのこと、まさか知ってるんですか?」

「あ、いや、その……」

「このノートの鋤園さんって方には、結局、逢えていないんです……」

「それって……。あ、あの!わたしが、鋤園直子(仮)です!」

「えぇぇ!!!!」

店内にかなえと大河原の声が響いた。
周囲は黙々とラーメンを食べている。かなえと大河原の声にも無反応だった。
かなえの驚いた声は、大河原を上回っていた。

桃華は、本当の“鋤園直子(仮)”を知らない。
あなたは今、とんでもない嘘を“鋤園直子(仮)”の前でついている。
“鋤園直子(仮)”は、わたしなの!!!
でも、ここで、わたしが“鋤園直子(仮)”だとは言えないし、言ったところでメリットは何もない。むしろこの場が大地獄となる。
真実を口にすれば、ここにいる誰も幸せにならないのは確かだった。
“鋤園直子”は、“仮”の名前だ。だから、別にわたしじゃなくていい。
わたしの名前は、“中条かなえ”だ。

「え、本当ですか?あなたが鋤園さん!?」

「は、はい!逢う勇気がなくて、お返事が書けずにいたんです。まさか、かなえ先輩の知人の方だったとは……」

「これはびっくりだ。こんな若くてかわいらしい方が、鋤園さんだったとは!嬉しいです!」

「ありがとうございます。こちらこそ、お逢いできてとっても嬉しいです!」

「僕は、大河原徹と言います」

「わたしは、塚本桃華です」

なんなんだ?この目の前で起きているカオスな展開は……?
こんな若くてかわいらしい方?ホンモノは見事なおばさんだったってか?
だけど、大河原さんがどうなろうが、そもそもわたしには関係ない。
この二人に、嫉妬することもさらさらない。
ん?これって結果的に、わたしが恋のキューピット!?
桃華と大河原さんを引き合わせた、名もなき恋のキューピット!?
これは、結果、よかったのだろうか……?

テレビでは、どうやら『真剣怪人しゃべくり場』が始まった。

  ×  ×  ×

エモーション「この番組は人間の生態を調べる実験を繰り返した怪人が、現代を生きる人間と対談し、疑問を解消していく番組だ。司会はわたし、怪人エモーションだ!そして、怪人代表はアルマ。人間代表は、改造人間シオンでお届けする」

シオン「改造したって俺は人間!ニセモノではない!どうも、シオンです」

アルマ「仮の姿がなんのその。ニセモノもホンモノもありません。怪人は何にだってなれる、アルマです」

エモーション「さぁ、それでは今週の議題といこう。人間というのは、音楽に対して、歌う、聴く、という行動をとるらしい。どこかの誰かが作った曲を、自ら歌うカラオケとは一体なんだろうか?」

シオン「カラオケ、俺は大好きです。好きな曲を熱唱するのも気持ちいいですし、ストレス発散にもいいですよ!」

アルマ「カラオケというものは、他人の曲を、さも自分の曲のように囲われたボックスの中で歌うことですよね。結局のところ、あれは自分の声を聴いているだけではないですか?」

エモーション「曲を作った本人の歌声なら分かる。しかし、自分の歌声を聴くために、奴らは自らお金を払って、わざわざカラオケをする。実に奇妙な行動だ」

シオン「ほら、でも、無性に歌いたい時とかありません?」

アルマ「ありませんね。お金を払ってまで、自分の歌声を、マイクを通してわざわざ聴きたいのですか?」

エモーション「ストレス発散と言ったが、自分の声を大音量で聴くこととなる。それではまるで、ストレスが余計に溜まりそうな行為ではないのか。怪人エモーションとしては、理解するのが難しいように思う」

シオン「その発想はなかったな……。あ、それに、二次会でカラオケなんて人間の定番ですよ!オールでカラオケとか、懐かしいな。若い頃やりましたよ。今も若いけど」

アルマ「どこかの誰かが作った曲を、あたかも自身の曲のように歌い、女を落とす人間もいるそうですね。あなたはその類いでしたか。そもそも改造人間に若いとかあるんですか?」

エモーション「時には、二次会のカラオケより大事な場所だってある。それが、ラーメン屋だという人物もいるだろう。わたしは自分の声を聴くカラオケよりも、歌詞に興味がある。人間が作る曲の歌詞を分析するのだ。どうやら、文字だけの方が好きなのかもしれない」

  ×  ×  ×

さすが怪人エモーション!なんて、いいことを言ってくれるんだ!
嘗て、あの美智子によって開催された最悪の合コン。
二次会をわたしは蹴って、この『ことだま』のラーメンを食べた。
そして、鋤柄さんに長文の“文字”を書き綴った……。
わたしには、この店のラーメンが、いや、ノートが、“文字”が大事だ!!

「鋤園さんと、この番組が見れてよかった……」

「やっぱ、気持ち悪い番組」

「えっ!?」

「あっ、いや。サイコー!そうだ、この後、一緒にカラオケ行きませんか?」

「いいですね!是非行きましょう!」

「かなえ先輩も行きます?」

「え!?いや、わたしは大丈夫……」

「なら、二人で楽しみましょ!!」

危ない!一瞬カオス鋤園さん問題を忘れていた。
わたしの両サイドで盛り上がっている桃華と大河原さん。
早くここから抜け出さないと……。

ん?待てよ。これって、鋤柄さんに置き換えて考えてみたら……
ある日、鋤柄さんの前に“中条かなえ”を名乗る別の人物が現れる。
その人物は、鋤柄さんに『わたしが中条かなえです』と告白。
鋤柄さんは大河原さんのように、別の人物を“中条かなえ”だと思い込む。

うわ!そんなことになってたら、どうしよう!!
だから?だからわたしは、もしかして、いつまで経っても鋤柄さんに逢えないの!?
クッソ、ニセモノ女め!!!

いやでも、それでは今の『おあいそ』でのやり取りが説明できないはずだ。
リアル中条かなえが、リアルタイムに“文字”を書くのに、勝手に“中条かなえ”を演じるニセモノがいたら、すでにニセモノだとばれているはずだ。

鋤柄さん、あなたの真実はどこにありますか?
わたしは、真実を知らないままの方が幸せなんですか?

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