文字だけの、見えない君を探してる。 第十夜 約束の場所
金曜日、かなえは、気になり過ぎてあの店へと向かっていた。
しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。
奇妙な寿司屋は、今日も同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。
数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。
かなえは、あいているカウンター席に座った。
今日も、回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。
店の戸が開く音がした。
まさか、鋤柄さん!?
かなえは慌てて戸の方を振り返った。
しかし、現れたのは小鯖だった。
小鯖は、かなえを見つけると当たり前のように隣に座った。
今日はいつもより来るのが早いじゃないか。この鯖男!
「約束しなくても逢える関係って素敵ですよね?」
「約束?」
「そう。毎週金曜日、約束してないのに僕は『おあいそ』で、かなえさんに逢える」
「!!」
「僕は、かなえさんに逢うために、毎週ここに来てますよ」
小鯖は、かなえに真剣な眼差しを向けた。
これは人生最後のモテ期か?モテ期到来なのか!?
寿司屋『おあいそ』の顔の見える鯖男の君。
ラーメン屋『ことだま』の名乗らぬ文字だけの君。
みんなわたしに逢いたい……だと??
だけど、わたしは……
鋤柄さんに逢いたい!!
今すぐ、鋤柄さんに逢いたい!!
鋤柄さんは見えないけど、鋤柄さんしか見えない!!
そう、わたしは鋤柄さんに逢うためにこの店に来ているのであって、決してこの鯖男と会うためではない!!
約束……
そうだ。鋤柄さんは約束を取り付けても現れない人だ。
わたしが来る日を伝えたって現れてくれない。
いや、もしかしたら、とっくに現れてるのかもしれない。
ただ、鋤柄さんが誰なのか分からないから、永遠に出逢えないんだ。
もしかしたら、いつも擦れ違っているのかもしれない。
だけど、鋤柄さんはわたしを探してくれない。探そうともしていない。
それはノートの“文字”からでも伝わってくる。“文字”だけなのにだ。
「わたしは、いつもこんなに探してるのに!!」
思わず声が出てしまった。
周囲は黙々と寿司を食べている。かなえの声にも無反応だった。
一人だけ反応したのは、隣にいる小鯖だった。
「何を探してるんですか?もしかして、わさびなすですか?注文しましょうか?」
そんなわけないだろ!この鯖男!
すると、まるでかなえの声を聞いたかのように、回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。
やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。
そこには、『書いたらお戻しください』とあった。
かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。
かなえは、ノートを開く。
そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。
『人間はもともと愚かな生き物です。でも、怪人エモーションは、人間のお一人様に優しい一面もあるようです。』
鋤柄さん!!!
あなた、今も『ことだま』に行ってるんですか!?
絶対これ、行ってるってことじゃないですか!!
こうやって伝えてくれる感じ、オシャレです!!
これはもう、わたしも通うしかありません!!
というか、そもそもあの怪人の討論番組、他にどこで放送してるんですか!?
『ことだま』でしか見たことないんですけどー!!!
小鯖は、かなえが手にするノートの存在に気がついた。
「それって、寿司と違って無料なんですね?」
こいつは、何を言っているのか?
今更このノートの存在に気がついたというのか?
「『ことだま』って店、知ってますか?」
「ことだま?」
「知らないなら別にいいんです」
「美味しいんですか?何屋さんですか?もしかして僕へのお誘いですか?」
知らないならそれでいい。
知らないに越したことはない。
これ以上絡んでこないでくれ。
やはりこの人は鋤柄さんではなかった。
分かっていたことだ。
鋤柄さんであってほしくもないけれど。
やはりこの鯖男は邪魔だった。
割とイケメンかもしれないのに。
ノートにある“鋤柄直樹(仮)”の“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。
『鋤柄さん、『ことだま』にも行かれてるんですか!?』
かなえはノートを閉じると、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。
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