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文字だけの、見えない君を探してる。 第七夜 鋤園直子(仮)

火曜日がやって来た。
心の傷はまだ癒えていない。
かなえの足は、考えることもなくあの店に向いていた。

暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。
奇妙なラーメン屋は、今日も同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。

数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。
かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。
かなえはテレビの横の席に座った。

この店からも鋤柄さんが消えて、どれだけの月日が流れただろう。
いや、本当は消えていないのかもしれない。
わたしが知らないだけだ。
鋤柄さんは何食わぬ顔をして、ここでラーメンを食べているのかもしれない。

テレビでは、今週も『真剣怪人しゃべくり場』が始まった。

  ×  ×  ×

エモーション「この番組は人間の生態を調べる実験を繰り返した怪人が、現代を生きる人間と対談し、疑問を解消していく番組だ。司会はわたし、怪人エモーションだ!そして、怪人代表はアルマ。人間代表は、改造人間シオンでお届けする」

アルマ「一ついいでしょうか?先週、食欲がなくなる色は青や紫だと話しましたが、人間は精神的に追い込まれた時も、自ら紫の食事に手を出すといったことはあるのでしょうか?」

シオン「そもそも、紫の食事なんて存在するのか?」

アルマ「わさびなすです!!」

シオン「随分と具体的だな」

エモーション「これは統計をとる必要がありそうだな。寿司屋でわさびなすを食べている人間がいたら要注意だ!」

  ×  ×  ×

それ、わたしじゃん……
精神的に追い込まれていたのは事実だが、ダイエットしたいのも事実。
けど、普通にわさびなすを食べる人もいるのでは……?
あの鯖男が、甘エビを食べるように……

  ×  ×  ×

エモーション「さぁ、それでは今週の議題といこう。今週は断捨離について考える。人間という生き物は実に物欲まみれだ。そのくせ断捨離もする。物を買っては捨て、また買っては捨てを繰り返している」

アルマ「人間は、頭がおかしいのではないでしょうか?」

シオン「物を買った瞬間の喜びというものが、人間にとって大切なんだと思います!」

アルマ「喜びというものが、何かさっぱり分かりませんが、結局捨てるなら最初からいりませんよね?」

エモーション「どうせ死ぬなら全ていらない。実に理解に苦しむものがある。しかし、わたしは怪人だ。死と無縁と言ってもいいだろう。だから、欲しいものは手に入れよう。そう、この地球もだ!」

シオン「議題がずれてませんか?」

エモーション「わたしが大切にしているものは、燃えやすい紙類ばかりだ。燃やせば一瞬にして消えるぞ」

アルマ「人間も同じです。燃やせば消えます」

シオン「この場合、改造人間だとどうなるんだ?俺は燃えないごみになるのか?」

アルマ「でしたら、埋め立てるしかないですかね?」

エモーション「君ごと粗大ゴミだな」

  ×  ×  ×

わたしが大切にしているものも、燃えやすい紙類だ。
ノートは一瞬にして消えてしまう。
そして燃やさなくても、ノートから鋤柄さんは消えてしまう。

わたしは、鋤柄さんに逢うためにお金を使っている。
ラーメンを買っている。お寿司を買っている。それらは食べれば消えてしまう。
どうせ、いつか死ぬのに、今生きるために毎日食べている。
わたしは、人生のもとをとれているのだろうか?


かなえは、テレビの横にあるノートとボールペンに手を伸ばした。
ノートを開くと、そこには、続きの“文字”が書かれていた。

『いつもお返事ありがとう。あなたのお名前、教えて頂けませんか?』

えっ……!?
名前??
わたしの名前……!?

それは、嘗て自分が鋤柄さんに尋ねたことと同じだった。
鋤柄さんは、当時こんな風にわたしに名前を尋ねられて困惑していたのだろうか?
そして、迷惑していたのだろうか?
“文字だけ”の相手に、逢いたいとは思わないものなのだろうか?
いや、わたしが今、“文字だけ”の相手に、逢いたいと思ってないじゃないか!!
むしろ、少し怖いとすら思っている。

「わたしが、鋤柄さん……」

動揺していた。自分がまるで、鋤柄さんになってしまっていたからだ。


かなえは、しばらくボールペンを握りしめたままノートの“文字”を見つめていた。
そして、あることを思いついた。
それは、自分が最も知っている方法でもあった。
ノートにある“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。

『鋤園(すきぞの)直子(仮)』

かなえは、そっとノートを閉じた。

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