文字だけの、見えない君を探してる。 第二夜 金曜日の鯖男
金曜日、仕事を終えたかなえは、今日もあの店へと向かっていた。
しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。
奇妙な寿司屋は、今日も同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。
数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。
かなえは、あいているカウンター席に座った。
回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。
かなえは流れてきた寿司を手に取り、食べ始めた。
しばらくすると、回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。
やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。
そこには、『書いたらお戻しください』とあった。
かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。
寿司屋の酢でも吸ったのか、ノートは少し波打っていた。
かなえはノートを開く。
そこには“鋤柄直樹(仮)”からの“文字”が書かれていた。
『魚に交じって回転しているプリンを見つけた時、肩身が狭い気がするので食べることがあります。でも、ケーキは食べません。いつだって自分にご褒美はなしです。』
鋤柄さん!!!
ご褒美はなし……
やはり鋤柄さんは、何かを抱えている人だ。
突然、店の戸が開く音がした。
「まさか、鋤柄さん!?」
現れたのは先週の男性客だった。
かなえと同時に同じ皿に手を伸ばしたあの男性客だ。
店内を見回すと、男性客はかなえを見つける。
「あ、この前の!」
男性客は、かなえに微笑みかけた。
!!!
うわっ……。
また会ってしまうとは……。
男性客は、かなえに向かって歩いて来る。
「隣、いいですか?」
他にあいている席は沢山ある。
なんなら、先週よりすいていた。
わざわざ隣に来る必要などなかった。
男性客はかなえの隣にやって来ると、尋ねてもいないのに話し始めた。
「いやぁ、先週借りた傘を返そうと思って来たんですよ」
それは、いつしかの『ことだま』へ行った、かなえの姿と同じだった。
「よく、ここに来てるんですか?」
「まぁ、そうですね。家が近くなので」
「寿司、好きなんですか?」
「寿司がすごい好きなわけでもないんですけど……今行かずにはいられないというか……」
「え!?」
「あ、いや……。それはこっちの話です」
「僕はよく、ここに金曜日来てるんです」
「金曜日!!!」
「え?」
「あ、いや……。それもこっちの話です」
「僕は、小鯖一郎って言います」
男性客は突然、名前を名乗った。
それは“鋤柄直樹”でもなく、名前に“(仮)”もついていなかった。
やはり、少しがっかりしている自分がいる。
割とイケメンかもしれないのに。
かなえはノートの“文字”を見つめた。
わたしは誕生日でなくてもケーキを食べるし、ご褒美があってこそ頑張れるんだと思っていた。そもそも、プリンはご褒美ではないのか……?
だけど、こんな横の席で呑気に鯖を食べている鯖男が鋤柄さんなわけがない!
ノートにある“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。
『鋤柄さんは、ラーメンとお寿司なら、どちらがお好きですか?』
わたしはいつも、このノートを疑問符『?』で終わらせている。
またノートから鋤柄さんが消えてしまったらと思うと、怖くてとても『。』で終わらせる勇気はなかった。
かなえはノートを閉じると、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。
小鯖がノートに興味を示す様子はなかった。
この日、甘エビを食べることもなかった。
もちろん、プリンも。
かなえと小鯖は食事を終え、戸を開け外に出た。
「わたしは、中条かなえです」
「そうなんですか。かなえさん!じゃあ、また!」
にっこり微笑むと、小鯖はかなえの前から立ち去った。
またって……
また金曜日ってこと?
ラーメン屋『ことだま』は、今どうなっているのだろう。
怪人エモーションのドラマは、もうやってないのだろうか?
わたしはあのノートが最後のページを迎えてから、もう『ことだま』へ行っていない。
引っ越ししたのも遠のいた理由の一つではあるが、鋤柄さんが来ているかどうか確認する術を失ったからというのが一番の理由だったのだろう。
鋤柄さん、あなたはまだ、ラーメンを食べていますか?
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