文字だけの、見えない君を探してる。 第九夜 鋤柄手法
火曜日がやって来た。
かなえの足は、あの店に向いていた。
鋤柄さんの件で舞い上がっていたが、わたしには鋤園さんの件があった。
暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。
奇妙なラーメン屋は、今日も同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。
数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。
かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。
かなえはテレビの横の席に座った。
テレビでは、今週も『真剣怪人しゃべくり場』が始まった。
× × ×
エモーション「この番組は人間の生態を調べる実験を繰り返した怪人が、現代を生きる人間と対談し、疑問を解消していく番組だ。司会はわたし、怪人エモーションだ!そして、怪人代表はアルマ。人間代表は、改造人間シオンでお届けする」
シオン「どうも、人間の感情をちゃんと持っています。シオンです」
アルマ「感情とは一体なんでしょうか。アルマです」
エモーション「さぁ、それでは今週の議題といこう。今週はお一人様について考える。人間は単独行動する人間に対し“お一人様”と呼び名をつけているようだ」
アルマ「そもそも、一人であることは当たり前のことでは?怪人も一人です。人間は集団行動を推奨しているんでしょうか?気持ち悪い習性ですね」
シオン「だって、一人なんて寂しいじゃないか。大人数は楽しいよ」
エモーション「“様”をつけるあたりに、一人でいることに対し、よろしくない感じが見え隠れしている」
アルマ「人目を気にして一人でラーメンを食べられない女がいるらしいですね」
シオン「まぁ、確かに、女性一人では、油がギトギトしたラーメン屋には入りにくいかもしれない。ノートがパラパラというより、パリパリとめくれるお店とかは特にそうだ」
アルマ「諦めたその店のラーメンが美味しかったらどうするの?出会いを一つ捨てていることになります」
シオン「それでも、一人で行くのが億劫な人だっているでしょう。誰もが怪人のように心が強くないんです」
エモーション「では、一人でどこにも行けないという人間に、怪人がいいことを教えてやろう。いいか、本格的なカメラを持って行け!!!」
シオン「カメラ!?」
エモーション「カメラさえ持てば、人間はどこへでも一人で行くことができる。カメラを極めるための行動だと、世間様に猛アピールをするのだ。これは男女問わず効果を発揮するだろう」
アルマ「さすがです!是非ファミレスにもカメラを持って行きましょう!」
エモーション「わたしは、カメラを構えれば誰でも撮れる絶景より、偶然撮れた奇跡の一瞬が好きだ!これこそもっと評価されるべきだ!そう思わないか!」
シオン「議題がずれてませんか?」
× × ×
本格的なカメラか……
わたしにはどうやら必要なかった。
わたしは今や、無敵の“お一人様”だからだ。
そして、この男性客ばかりの『ことだま』にも何も感じていない。
麻痺したと言った方が近いのかもしれない。
このラーメン屋に入らなかったら、わたしに鋤柄さんとの出逢いはなかった。
だから、『ことだま』は、わたしにとって大切な場所だ。
かなえは、テレビの横にあるノートとボールペンに手を伸ばした。
ノートを開くと、そこには、続きの“文字”が書かれていた。
『鋤園さん、はじめまして。今度、一緒に怪人の討論番組を見ませんか?このノートがあるテレビの横の席で。』
えっ……!
これって、まさか、会いましょうってこと……!?
なんてことだ!
というか、距離縮めるの、早くないですか?
自分の名前は名乗らずに。まぁ、わたしも本当の名前を名乗ってないですけど。
わたしはもっと、当時は鋤柄さんとやり取りしたし、婚活パーティーのこととかいろいろ相談もしたし。もっとどんな人生を過ごしてる人とか、傘を差す、差さないとか、雨の日にビニール袋を被るかどうかとか、いや今はエコバッグ被ってるよとか……
聞くこといっぱいあるでしょうよ!!
かなえは返事に困った。
こんな時は、どうしたら……
かなえの出した答えは、“白紙”だった。
ノートから消える。
それは、“鋤柄直樹(仮)”と同じ手法だった。
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