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20230219 そこにただあるだけで愛おしい

完全に、自分の主観かもしれない。
全てのものに、魂が宿っているような感覚が自分にはある。
じゃあ、全てのものを大切に扱えているかというと、ADHDの特性から片付けるのが下手くそな分、大切に扱えているとは言い難い。
でも、道具は大切に使いたい。
壊れて処分する際などは、ものすごく胸にくるものがあったりする。
変に感情移入してしまうのだ。

それは、物だけではなく建物や風景などにも感じることがある。
だから、その姿ひとつ一つが愛おしく感じられるのだ。
この世に形を為して存在している限り、そこに意味があると感じる。
そこに、自然の営みが交わることで、その存在がより浮かび上がる感覚があったりするのだ。

カメラを持っていると、そうしたものを撮影したい欲求に駆られる。
何か語りかけてくる感じを受け止めたい。
そんな感覚。
この感覚は、なかなか人にわかってもらえるものではなさそうだ。
だから、言わない。
カメラで撮影しても、それ自体に意味はないのかもしれないが、なんだかその姿を残しておきたい気持ちになるのだ。
標本採集や化石集めをしている感覚に似ているかもしれない。
今と大昔という違いはあるけれど、その存在について語りかけてくるようなストーリーがあるのかもしれないと思うと、空想の世界は広がる。
そんな意味がありそうでないようなものばかり撮影して、楽しんでいたりする。


誰かが意図してこの場所に置いたはずの物。
そして、そこで生きているものがある。
空の風景と合わさると、毎日違って見える世界がある。
バスを待つ一瞬
数字はものに意味をもたせる一つの記号ではあるが、識別されることで愛着も生まれる
使い始めてから年月が経つ間にどんな扱われ方をしてきたのかが気になったりする。
物干し竿に洗濯バサミってありふれたものではあるのだが、雨水に濡れたことで表情が変わるように見える
この風景もあと数年で全て消え去る。
確かに地球が滅ぶ時には全て消えるのだけど、
それでも今ここにある奇跡を感じずにはいられない。

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