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ポトフのはなし
[ 近所の人がね。
採れたトマトをおすそ分けに来た時に、当たり前のようにダンボールの箱と、餌皿と子猫を置いていった。]
【これは。夢に見た話です】
ふわふわなクロキジ、長毛の子猫。
(👆の仔は、だいず。クロキジだが長毛ではなく、子猫じゃなくオッサンw往年15歳)
子猫といっても片手で胴を掴んで余るくらいだから、生後3ヶ月は過ぎてるのかな。
いやいや、可愛いよ。
でも、こちらが何も言わないうちに近所の人が『若清水さんちで生まれて、あちこちに子猫を配ってるのよ。まあ、もらって置いたら良いよ。ほら、若清水さん、お金持ちだし、知り合いになっておけば、なにかとお得よ』
と、叩き込むように喋っていったのよ。
『あの、うちにも四匹猫いるんです』
と言っても、じゃあ、飼いやすいわね、と言って呆れた私をそのままに帰って行った。
その子猫を抱いて、今に戻ると娘たちがいて、どうしたのよ!という顔をしたけれど、みんなやはり、猫好きで。
笑顔で子猫を見て。
抱いた。
私は、呑気に、この仔の名前は『ポトフ』かな?と思っていた。
なぜ、ポトフだったのか、全く根拠がない。
でも、ポトフだ、と思ったんだ。
あるいは『肉じゃが』かな?と(笑)
なせ、肉じゃがだったんだろう。
こちらも脈略とか、根拠がなく思いついた。
でも、やはり、ポトフ。
『ポトちゃん』と、呼んでみた。
ふわふわなポトフ。
まん丸な顔していた。
でも、これは夢に見たはなし。
目を覚ましたときに、ポトフが私に生命の謎の答えを教えたことを気づいた。
夢の世界は、ある意味、生死で言えば死の世界にあたる。
現世とあの世、ということ。
物理的な世界と意識的な世界の別。
しかし、実はこれらは全く同じ場所を言うことは、最近の人々は気づき始めている。
夢の中のポトフは、いるかいないか、それともいたことになるのか、今はどこにいるのか。
たぶん明晰夢を見る私には、夢の中で永続的にポトフと会うことはできる。
ならば、もう、ポトフはいる。
いると言うこと、いないと言うことの概念は、認識、だけだと私は思っている。
私が運転免許取得のために、教習所に通っていたとき、教官から言われた言葉に目が覚めた言葉があった。
『人は見えるものしか見えない。見たいものしか見えない時もあるし、意識しないと目に映っていても認識しなければ、見えていない。だから、自分の目を疑ったくらいがちょうどいい』
人がいないと思ったのは、認識の範囲。
いたけど、見えなかったのは認識しなかったから。
私たちは、物理的な世界では、必要なものだけ認知しながら、生命を維持する。
逆に言うと、生命維持のために必要と認識しないことは、見えないし、そう脳が判断する。
しかし、脳は、どんな人も同じではない。
なぜかというと、人によって必要なものが違うから。
特に時代が変わったからか、人が進化をしたからか、バラエティな環境の中で、人もバラエティになったからか、特に私は感じるのだけれど、私の価値観と似た人は少なくて、私が認知したものが、他者には認知出来ないものは、結構ある。
たぶん、まだまだ、この世界は進化の途上だから、私たちは生きるためだけに精一杯だから、生命を維持するために必要なものを優先して見えるから、そうじゃないものがあると話しても興味も無いだろう。
夢の中は、現世の元になる私たちの意識の故郷だと、気づいたら、いつか死んでしまうことへの恐怖心は無くなるだろう。
物理的な肉体を失うことへの恐怖心も無くなるだろう。
病院の待合室でも、気づくことがあった。
自動車は、定期的にメンテナンスする。
異常がわかれば早期に修繕すれば、長く乗れる。車検は、人には、健康診断みたいなもの。
人には健康診断が車検みたいなものだから。
私たちは、いまこのボディを治したり労って、大切に乗れるようにし、長く保てれば楽しいドライビングが出来ると、わかってる。
しかし、物理的なものには、必ず終わりがあるのもわかってる。
それが、廃車や、人の死。
いたのがいなくなる、寂しさ。
空虚感。それが恐怖の元でもある。
しかし、意識世界は終わりがない。
終わりようがない。
また、新しい車と出会えば、新しいドライビングが出来るように、私たちは新しいボディをゲットしたら、新しい人生を描く。
その大元、新しい人生の設計図が意識世界。
夢の中の世界。
ポトフは、いる。
現世で、お役を終えたメンバーも楽屋裏みたいに感じるかも知れないけれど、夢の中で会える。
ユニークな話だが、意識世界では、現世で生きてようが死んだとされようが、いつもいる。
だから、現世では新しいボディをゲットして、人生を描いている真っ最中でも、夢の中で会える。
私はその証明をしたいと、かねがね思っていたけれど。
そもそも、進化途中の私の物理的な肉体側の脳では、認識が間に合わない。
夢の中では明らかなことが。
現世では、靄の中みたいにはっきりしてくれない。
夢の中では、空も飛べるし、水の中でも呼吸出来、あらゆる国の言語を理解し話せるし、瞬間移動もでき、錬金も出来るのに、現世でできることは少なく、スピードも遅い。
こんなに、枠だらけの不自由な世界で、なぜ生まれ、存在する必要があるんだろうかと、ずっと考えていたんだけど。
たぶん、意識世界の私たちが、欲しかったのが、不自由で、枠がある世界だから、笑える。
あまりにも私たちは、この世界に魅力を感じすぎて、現世をメインに考えたから、帰る場所を忘れたかもしれない。
私たちの故郷は、かなり、美しく、かなり、自由で、かなりシンプル。
みんながお互いを信じてる。
だから、トラブルはない。
怒りも悲しみも感じることはない。
だって、私以外がいない、みたいなことだから。あなたがわたしだし、わたしが、あなただし。
しかしまあ、不自由な世界を魅力的と感じるくらい、故郷側では、出会えなかった感情を見つけたのでしょう。
そして、故郷側で知った善意と真実を、全く不自由な現世でも、実現できると信じているのでしょう。
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もう一度書いておきます。
ポトフは、夢の話です(苦笑)
2018/4.27に見た夢。
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