銭湯すぅぱぁ 露天篇
さて室内浴場は申し分なかった。しかし本番はここから、そう露天風呂である。露天に入らずしてスパ銭を後になど出来るものか、いいや出来まい。(反語表現)意気揚々と露天風呂に続く扉を私は開ける。
・・・・・・・・・
寒っっっっむ!!!
思わず内心悲鳴を上げた。タイトルロゴより大きなフォントで叫ぶ私の心は次の瞬間には目先のテレビの見れる風呂を求めていた。しかしよーく見てみるとその風呂は既に満員であった。秘湯に体を寄せ合って浸かる猿のようにぎゅうぎゅう詰めになりながら彼らはテレビに映る知らん芸人(ごめんなさい)の話を聞いている。私はその風呂に浸かる事を諦めその奥にある壺風呂に一目散に飛び込んだ。・・・・・あぁ・・・・・嗚呼・・・・・アア・・・・・・――――――。
桃源郷では天女が満面の笑みで桃を右手に携えて左手でこちらに手を振っていた。すかさず私は手を振り返す。天女の口がパクパクと動いている。なにかを呟いているのだが聞こえない。私は天女に顔を近づけて聞き返す。天女が口を開く。「ここに居てはダメ。すぐに帰って」
そこで私は現世に帰ってきた。ここはスーパー銭湯の露天風呂の壺湯の中。どうやらあまりの心地よさに桃源郷に行ってしまったらしい。あの天女は無事だろうか。そんな不安を胸に私は次の銭湯に足を進める。次に私の目に飛び込んだのは横になる湯(正式名称不明)だった。くるぶしも浸かりきらない湯の中に枕のような形の石と足つぼのような形の石がある。成程ここに横になって体のつぼを刺激しつつお湯の中でリラックスしようと言う趣向か。中々興味深い。お湯は浅いのに。冴えわたるギャグを放ちながら私は枕に頭を置いて横になる。心地よい刺激を背中に受けながらあたたかな湯が私の心身を凝りほぐしていく。・・・・このお湯で寝相の悪い人が眠ったら、うつ伏せになっちゃって溺死しちゃうなぁ。人類史上一番情けなくて穏やかな溺死だろうなぁ。そのまま体は溶けて、お湯と一体に・・・・もしかしたら・・・今浸かってるこのお湯も・・・・・
「何故戻って来たのですか!?」天女は私の顔をみるなり真剣な眼差しで怒鳴りつけた。
「貴方はまだここに居てはいけません!ここは死者の住処、肉体を失いし存在のみ住まう事の許される場所なのです!肉体を持つ貴方は、ここに長くいてしまうと・・・貴方もこちら側の住人になってしまうのですよ!?」天女は瞳を潤ませながら早口でまくし立てた。私は彼女に優しく微笑みゆっくりと口を開いた「そうですね。生者はここにいると、半刻で死者となってしまう。でも・・・約束したじゃないですか。貴女にもう一度必ず会いに来るって。」 「そんな・・・昔の約束じゃない・・・あの時私はまだ何も知らなかった!貴方と私は結ばれる事のない存在なの!」 「じゃあ・・・あの時の約束は嘘だったのかい?君は・・・・僕の事が・・・嫌いなのかい?」 「・・・・・・私は・・・・」
「もうこれ以上、自分の心に嘘をつかないでください。天女さん。いや・・・志穂」
「ッ!うぅ・・・私は・・・・・」
・・・はっ!?志穂!!・・・・どうやら現世に帰って来たらしい。いや、しかしなんだこの違和感?本当に私は今しがた桃源郷に行っていたのか?いや・・・もしや・・・。
私は頭に浮かぶ疑念を確かめるために次の湯に向かった。読者諸君、これはスーパー銭湯の話である。その事実を失念しないよう気を付けていただきたい。お次の湯はジェットバスのように猛烈な泡が噴出しているベッドのような形の湯だった。三つの内一つだけ空いていたのですかさず私は入る。そうして下から噴き出す猛烈な泡に体をもみくちゃにされながらその刺激に身を任せ全身の力を抜く。隣で話す二人組の声が少しづつ遠ざかっていく。
「・・・・ごめんなさい。」志穂は涙で崩れた顔を拭い私の方に向き直った。そうしてどこか儚げな笑みを浮かべて言葉を続けた。「私・・・貴方が来てくれて凄く嬉しかった。もう二度と会えないって思っていたから、でも・・・やっぱり私・・・貴方と一緒にはなれない。」 「いいんだ志穂・・・本当の事を言ってくれて良かった。それだけで僕は十分だよ。」私は涙を堪え震える声を抑えながら言葉を紡ぐ。「今度はちゃんと・・・死んでから会いにいくよ。大分先になっちゃうけどさ」私は笑顔を作って軽口を叩く。彼女も頬を綻ばせ静かに笑い始める「フフ・・・私いつまでも待ってる。絶対に貴方の事・・・忘れない。だから・・・貴方も私の事・・・・」そこで私の視界は霞んでいく。志穂の輪郭が崩れ始める。「忘れないで。」 「あぁ・・・・約束する・・・愛してるよ・・・志穂」志穂の瞳から再び涙が零れる。大粒の涙をぼろぼろと零しながら彼女は笑っていた。その笑顔よりも美しい物を私は知らない。「私も愛してる・・・・この世界の誰よりも・・・・・」
・・・・私は全て思い出した。どうして忘れてしまっていたのだろう。今までみていたのは私の過去の記憶だった。とても切なく、とても大切な記憶。このスーパー銭湯に来たお陰で私は思いだした。ありがとう、スーパー銭湯。私の視界は湯気のせいでぼやけていた。隣の男は私の顔を怪訝そうに見つめていた。私は顔についた水を拭い、晴れ渡った気持ちで露天風呂を後にした。湯を出た後も私の心は暖かかった。彼女との約束を胸に私は今日も生きている。水素風呂に未だ浸かる彼も、さっきまで歯を磨いていた彼も、皆日々を一生懸命生きている!この……素晴らしい……世界で。更衣室にたどり着いた時何か足りないと思った。そうだ!シャンプーとリンス棚に置いたままだ!私は素っ裸で急いで浴場に戻った
~完~