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六月のイチジク

ショートショート
オチが無い短い物語
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太陽がガンガン外壁を照りつけるのとは対極に、クーラーでガンガンに冷やされた初夏の
マルタ大学のとある一室。

「Bajtar ta'San Ġwann って知ってる?おっきいイチジクなんだけど、」
大きな体を屈めながら用務員室の小さな冷蔵庫から透明なパックに入った大ぶりなイチジクを取り出しながら彼が言う。

「なにそれ、知らない。大きいイチジクなら日本にもあるよ。」
幼いころ、近所のおじいさんの畑でなったイチジクを、生でよく食べたことを思い出しながら答える。

「マルタのイチジクの木は二回実をつけて、六月に取れる小ぶりのリンゴほどある大ぶりのイチジクを Bajtar ta'San Ġwann (バイタ タ サンジュワン)¹、九月ごろに取れる小さめのイチジクを Tin (ティン)²って呼ぶんだよ。」と彼が続ける。

「食べてみて」
そう言って、彼が私の手の平にイチジクを一つ、ポンっと置く。

一般的な手の平より小さい私の手の平に置かれたイチジクは、見た目以上にずっしりとしている。皮は濃い黒紫で、ハリがあり、完全には熟していない。

爪を立ててそれを割ってみると、中は白っぽい。もしや甘いイチジクではないのかと考えながら一口食べると、やはりそれほど甘さは感じられない。しかし、イチジクの香りがふわっと口の中に広がる。

「おいしい!」
そう言って、彼の方を見ると、「そうだろう( ̄▽ ̄)」とニヤリと彼が笑う。

「それでね、マルタでは生で食べる以外に、”Tin tac-Cappa”っていうイチジクをセミドライにしたスイーツがあるんだよ。四角い底のない箱にイチジクを薄く敷き詰めた後、アニスシード (スパイス)、アニゼット (リキュール) とローリエでそれを覆うのを何回か繰り返して、箱がいっぱいになったら上からそれらを石で圧しつぶすんだよ。そうすると、何か月か経つとそれがぎゅっと圧縮されてあまーくなるんだよ」

「へ~そうなんだ、日本には無い食べ方かも... ところでアニスシードなに?」

「小さい種で、よくマルタのお菓子で使われているやつだよ。例えばあの八の字のお菓子とか」

「あ~、Ottijiet (オッティイ)³ のこと?」

「それそれ」

「へぇ~、そんな種がOttijie (オッティイ) に入ってたんだ。気づかなかった。でも、確かに独特なスパイスの香りがしてたかも」
バイト先のカフェで食べたことを思い出す。

砂糖は入って無いけど、イチジクの濃厚な甘さが良いんだよね。今度、いつも行く八百屋さんで見つけたら、買ってきてあげるよ、是非食べて欲しいんだ。」と彼が言う。

                              七月五日


¹ San Ġwann は聖ヨハネの英語名から派生し、聖ヨハネの日が六月にあることと、六月にイチジクがなること

² マルタ語でイチジクを “Tin”と呼ぶ

³ Ottijietとは八の字の形のクッキーで、白ごまが上にのている。伝統的な食べ方は、コーヒーや紅茶に浸しながら食べる。




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