【短め短編小説】〈存在〉の物語 #シロクマ文芸部 #書く時間 #SF
「書く時間ですよ〜!」
ジュールの声が真っ白な部屋に響き渡る。
すると、青く光り輝くウニート達は、数え切れないほど並ぶ机に一斉に着く。机の上にはレモン色の優しい光を放つ角の丸い正方形のタイルが置かれている。私達ウニートは、レモン色に光るタイルに向かって思い切り物語を綴る。
私達が書くのは、この世に存在するすべての〈存在〉の物語だ。有機物も無機物も――つまり、生きているものも、そうでないものも――、すべての〈存在〉には物語がある。
生まれ死んでいくものもある、形作られ、劣化し、壊れていくものもある。また、生まれることも死ぬこともなく、変わらぬ姿で在り続けるものもある。さらには、様々に姿を変えながら永遠に存在するものもある。それぞれの〈存在〉がこの世でどのように存在するのか――それが〈存在〉の物語であり、私達がその物語を書くのだ。
私達は〈存在〉に物語を提供し、〈存在〉は私達にその〈存在〉にとっての最高の〈考〉を提供する。この関係が維持され、〈存在〉にしっかり物語が伝われば、この世のすべての〈存在〉は調和の中にあり続けることができる。
人間の場合は、自分の物語がしっかり理解できれば幸せに暮らせる。自分の物語を理解し、その物語を生きることを人間は「自分らしくある」「成長する」「今を生きる」などと言う。自分の物語が理解できないと、自分の物語を生きることはできない。そうなると、人間は不幸に感じる。
だから、私達ウニートは、〈存在〉にしっかりと伝わる物語を書く責任があるのだ。そんな自分の責務を誇りに思いながら、私は、ある猪の物語を書いていた。すると、私の隣りに座っていたセルシウスが突然、気を失い、机に突っ伏した。
「セルシウス、どうしたの? 大丈夫? 気分が悪いの?」
私が呼びかけてもセルシウスは突っ伏したままだ。セルシウスの周りに、心配するウニート達が集まってきた。
驚いたジュールがやってきてセルシウスを軽く揺さぶった。
「セルシウス、セルシウス!」
するとセルシウスは、椅子から真っ白な床の上に滑り落ちた。
ジュールは、セルシウスのタイルに浮かび上がったコード〈*@[~&〉を見て、叫んだ。
「人間だ! セルシウスが〈考〉欠だ。セルシウスが物語を書いている人間が思考をやめたんだ!」
セルシウスの席の周りに集まったウニート達がざわめき立った。そして、口々にセルシウス正常化策を提案した。
「みんなの〈考〉を少しずつ分けてあげようよ」
「いや、セルシウスの代わりに、我々がタイルに物語を書いて、その人間に思考を取り戻させるんだ」
「その人間を諦めて、セルシウスに新しい人間を充てがおう」
キュリーが口を開いた。
「いや、その人間がどうして思考をやめたのか、根本的な原因を明らかにして、それから対策を練ろう。こういったケース、最近増えているんだ」
そして、キュリーと、ご指名を受けた私、ベクレルは、その人間、竹野内廉太郎に接触することになった。
私達のいるウニート界は、この世のすべての〈存在〉の物語担当ウニートが入れるほど大きいと思いきや、まったく大きさを持たない素粒子の中にもすっぽりと入ってしまう。この世には、ウニート界が重なるように無限に存在し、無限のウニート界が一つのウニート界を形成している。そして、すべての〈存在〉のウニート界はこの世に包摂され、同時に個々のすべての〈存在〉が各々のウニート界を包摂する。
だから、私達ウニートが個々の〈存在〉に接触するには、〈存在〉の中のウニート界から呼びかければいい。しかし、人間の場合はやっかいだ。なぜならば、ウニートから〈存在〉への呼びかけは、その〈存在〉が全力で思考している場合にだけ100%聞こえるからだ。
人間の歴史は効率と利便性追求の歴史――。肉体を使う活動から、今では心や頭を使う活動まで、人間は、あらゆることで〈楽〉しようとしている。〈楽〉を望むことは人間社会の発展の原動力だった。
でも、人間が考えることにまで〈楽〉を追求し、思考することをやめてしまったらどうなるのか? ウニート達の書いた物語を受け取れなくなる! そうなれば、自分の物語を生きられなくなる!! 不幸になる!!!
私はキュリーと一緒に必死に竹野内廉太郎に呼びかけた。
私達の叫びは廉太郎の体内で虚しく響き渡った。廉太郎が考えてくれないと、私達の声は廉太郎の体の外には出られない。
私達の心配をよそに、廉太郎は、課長に言われるままに仕事をこなし、『幸せな人達の12の反省』に書かれているままに生活を改善し、前に座る友だちに言われるままにブルーハワイを選び、ChatGPTの答えの通りの夕ご飯メニューを作った。レシピはもちろんChatGPT。
廉太郎は覇気のない半開きの目でパソコンの時間を見た。
「けっ、まだ3時かよ。つまんねえ仕事。つまんねえ会社」
そして周りの人達を見回して付け加えた。
「つまんねえ奴ら」
5時になり、会社を出ると、廉太郎の前でおばちゃんが転んだ。何も考えない廉太郎は、虚ろな瞳でおばあちゃんを見つめ、大学生らしき女の子がおばあちゃんを助け起こすのを尻目に立ち去った。
キュリーは、切羽詰まった表情で私を見た。
「ねえ、ベクレル、このままだと廉太郎、考えられないどころか、何も感じられなくなる。今のうちに感情で思考を呼び覚まそう!」
キュリーと私は必殺技を繰り出した。廉太郎の脳の視覚野に恐ろしいモンスターのイメージ信号を、聴覚野に不気味な音声信号を直接送った。原始的な感情、恐怖を煽って、生存本能を呼び起こし、思考という武器を取り戻させようとした。
ちなみに、ウニート達によるこの必殺技が、神、天使、幽霊、ツチノコ、ビッグフット、ネッシー、雪女の正体だ。
廉太郎は、恐怖で目を見開き、顔を引きつらせ空を見た。廉太郎の脳は、恐ろしいモンスターのイメージを認知しているのだ。私達は再び廉太郎に呼びかけた。
虚ろだった廉太郎の目に少しずつ輝きが戻ってきた。キュリーが携帯しているウニートCommが鳴った。応答すると、ジュールの三次元イメージが私達2ウニートスの前の空間に浮かび上がった。
「キュリー、ベクレル、さっきセルシウスの意識が戻った。もう大丈夫。セルシウスはちゃんと〈考〉吸してる。正常だ。竹野内廉太郎に思考が戻ったんだね」
そう言うと、ジュールのイメージは私達の前から消えた。
キュリーと私は、ウニート界に戻る前に、根本的解決を促すため、少しだけ人間界に修正を加えておいた。世界中の人達が観てくれますように――。人間達が幸せでありますように――。
以下の企画に参加しました☺楽しく書くことができました🌻物語を考えるって、本当に楽しいですね🎵
以下のマガジンに収められています。