カティンカ・アンタルーを探して
◆前口上
脚本、演出、撮影、俳優陣の演技はもちろん、照明、音楽、衣装などすべてにおいて(今はなき日本の配給会社「ムービーアイ」の水際だった仕事ぶりも含め)映画を見る喜びの宝石箱や〜と手放しで讃えたくなる珠玉作『落下の王国』。2008年の日本公開から13年が経過した現在、配給会社の倒産によりDVDは入手困難、配信プラットフォームにも追加されておらず、実質「幻の映画」になりかけている作品なのだが、テレビ放映が決まるたびSNS上の映画ファンが喜びに沸くぐらいなので、根強い人気のほどは推して知るべし。
さて、当該作品を愛するひとりである筆者には、映画を観て以来何度か試みてきたことがある。すなわち、物語の要たるルーマニア人少女アレクサンドリア役カティンカ・アンタルーのその後捜索。といってもふと思い出してはネット上でリサーチをかけるぐらいの緩さなのだが、彼女のIMDbページはあまり動きがなく、ごく断片的なインタビュー動画が何年かおきに出てくるのみ。SNSはFacebookにアカウントを持っている様子ながら、筆者が利用者ではないためろくに閲覧できない、というのが2021年10月までの状況であった。
しかしである。今回、ご本人が昨年10月に開設したインスタアカウントを発見して見に行ってみたところ、現在24歳のカティンカはパートナーと愛猫とともにUK在住、読書や編み物を愛するLGBTQ当事者に成長していたことが確認できてしまった。投稿内容も地に足がついており自然体、マスク着用を呼びかける一方「様々な事情でマスクをつけられなかったり、ステイホームできない人たちもいます。彼らを悪く思ったり責めたりはせず、そういう人たちをも守るため、自分の役割を果たしましょう」という考えも併記するなど実にしっかりしたもの。あのいとけなさの塊のようだった女の子がとても素敵な大人になっているようだぞ、というだけでも感動ものなのに、ストーリーアーカイブに残してあったQ&Aには、長年気になっていた疑問の答えが軒並み載っているではないか。大変興味深かったので、以下に抄訳をシェアしたい。
◆カティンカのQ&A
カティンカ(以下C): ありがとうございます! 未来のことは誰にもわかりませんよ😉
C: ハーイ!
過去14年のハイライトはといえば、
・2013年にルーマニアからUKへ移住
・演劇で学士号、出版で大学院の学位取得
・5年半前、最高に素敵な人と恋に落ちました。今、小さな町にひっそりと建つ小さな家で一緒に暮らしています
・料理の腕がかなり上がりました(自分で言うのもなんだけど)
隔離生活関連だと、
・執筆を再開
・クロシェ編みを覚える
・猫を引き取ることにしました。こちらはまだ実現待ちです❤️
(※訳註: その後雌の子猫を迎えたカティンカは、インスタのコメント欄で名前を募集して「呼んでみたら反応があったので」イーブイと名付けたそう。パートナーとは「どのポケモンに進化するかなあと話し合った」模様)
C: 元気です、ありがとう! 今は夕食の準備中です❤️ 近頃はクロシェ編みや読書をして過ごすことが多いですね、あとは『どうぶつの森』をやり過ぎてます😂
C: ルーマニアの高校生だった2011年ごろ、私の先生が国内初のプライドを高校でオーガナイズしたんですが、訴えられました。記憶の限りだと原告は子供が「ゲイに染まる」のを嫌がったある父親だったと思います。結果は彼の敗訴に終わったものの、どんな考えがあってのことかは明々白々だったかと……。
2015年あたりには同性婚の合法化をめぐる国民投票があり、私の祖父母は教会で反対にサインさせられました。そんな環境では、誰からも気付かれず、またその結果に苛まれることなく反対以外に票を投じることができた人はいなかったでしょう。大したことではないように聞こえる人もいるかもしれませんが、自分の支援ネットワークが一箇所に集約されている場合、すべてを失う可能性はやはり恐ろしいものにはなりえます。
ほんの数年前には、ルーマニア政府は家族の形を男性、女性とそのふたりから生まれるかもしれない子供として定義する法律を通したがっていました。政府の目的は、LGBTQIAP+の人々が家族になれないよう抜け穴を塞ぐこと。ひとり親なども除外する法律でした。幸運にも可決はされなかったんですけど、政治の仕組み、そして教会にいかに根深いホモフォビアが存在しているかの証左ですよね。
ルーマニアの人々、とくに若い世代は、これまで長い道のりを歩んできました。年を追うごとに道端で素敵なカップルを見かけたり、テレビでの(LGBTQI+の)露出を目にする様になり、ほんのちょびっとずつましになってきてはいます。それでも前途はまだまだ遼遠。残念ながらルーマニアでは、大部分の人がLGBTQ+絡みのことには何でも反対するのです。これまでそう意識に刷り込まれてきたせいで、なぜ反対しているのかも実はよくわかっていなかったりするんですけど。ただ、若い世代が受容と平等を全面に押し出し、もう多様なレベルで崩壊している仕組みを変えてくれることには期待を寄せています。
C: ありがとうございます!!!❤️❤️❤️
C: 難しいですね、でも今のところは『フリーダ』かな。私の大好きなアーティストを描いた珠玉作です(彼女は過去も現在もバイセクシュアルのアイコンであり、あんな風に自分が象徴されているのを見たのは、あの作品が初でした)。恐ろしい人物が関与していたにもかかわらず、『フリーダ』に携わった女性たちは全力で映画を作り上げたんです❤️
(※訳註: 2002年作『フリーダ』のプロデューサーはハーヴェイ・ワインスティンで、主演サルマ・ハエックは2017年、彼からのセクハラを長文で告発している)
C: 大丈夫です! 訊いてくれて本当にありがとう。今は奇妙な時代で、私たちはみんな以前よりは調子を崩してることと思います。でもステイホームしていられることや、住む家があるという自分の特権に感謝しています。あなたも大丈夫でありますように❤️
C: 生まれたのも幼少期を過ごしたのもブカレストです。
C: あー、可能性のある場所ならたくさんありますね! 私は優柔不断すぎるところがあり、リサーチ魔の傾向もあるので、たぶん異なる文化や土地柄をよく勉強して、十分な情報を把握した上で決めると思います(それも移住の利点と欠点をまとめたリストをいくつか書き出した後でね😂)。でも思いつきで答えるとしたら、美しい日本。理由は昔から行ってみたい国だったのと、パンデミック前に日本語の勉強を始めていたから。日本語学習は続けたいと思ってます。
(※訳註: 以下、文面がCovid情報注意喚起の広告に隠れて見えず、大変くやしい)
C:映画が公開されてからリーと話したことはないと思いますが、ぜひまたいつか会ってみたいですね:)
C: 答えはイエスでもあり、ノーでもあります。演劇を学ぶために大学に通って、そこでいろんなショーに出演していました。ブカレストでの高校時代はけっこう頻繁に演技してましたよ。ただ全部舞台かイマーシブ・シアター作品でしたね。それから大学院で出版の学位をとって、しばらくお休みしてるうちに2020年がやってきて今に至る、と😅 いつ、どんな状況でまたお芝居をする機会がめぐって来るかはわからないけれど、今後二度と演技しなくなるなんて想像はできません🥰
(※訳註: イマーシブ・シアターは観客席がない舞台のこと。観客と役者が同じ作品世界を共有し、お互いが物語の一部となる形式をとり、没入型劇場とも訳されている)
C: イマーシブ・シアター、もう大好きですよ。もっと繰り返し上演される作品がやれたら良かったんですけど。私がやった中では最高で3公演まででした。舞台で好きなのは、同じショーをやるうちに内容が進化していくのを目の当たりにすることです🥰
今まで出た中で一番変わっていたショーは、気候変動をテーマとする女性の1人舞台をプールでやるっていう作品でした。
C: 撮影中のお気に入りは、
①砂漠で私がロイを助けにやってくるシーンがあります。私の走る物音を録音する必要があって、かなり長いことぐるぐる走り回らなきゃならなかったんですけど、なぜだか当時、あんな自由な気分になったことってなかったです。
②モルヒネ(※訳註: 原文でカティンカはこの部分を「morphin3」と表記している)を盗みに行く時。撮影現場のセットにすっかり魅了されてしまって、人間サイズの不思議なドールハウスで遊んでるみたいでした。もう大っ好きでした。
観る分でのお気に入りは、フィクションのキャラクターたちの顔ぶれが紹介される物語の最初の部分です🥰
C: おふたりとも映画を見てくれてありがとう、気に入ってもらえて嬉しいです❤️ 猫の名前はイーブイっていいます(そう、ポケモンの。彼女はちっちゃくて可愛いから、そして私とパートナーはいい大人だから!) 。他に候補になった名前にはムーンとペブルというのもありました🥰
C: 撮影は実のところ、とっても楽しかったです。今でも私、泣くの大得意ですよ😂 嫌な思いをしたことなんか一度もありませんでしたし。他より難しいシーンもありましたけど、それもまた経験のうちです❤️
C: すてきな人ですよ❤️
C: 本当にありがとう🥰 私はこれからも、少なくとも心のどこかではちょっと女優のままでいつづけることと思います! Covidの終息後、様子見してみましょ☺️
◆おまけ: ネット上で確認できるカティンカの歩み
2009年の英語でのミニインタビューはこちら。動画が何パートかに分かれており、『落下の王国』出演後の様子を確認できるうちでは一番古い部類の動画かと。筆者はなぜか「インタビュアーはなんで何かキマっちゃってる人みたいな喋り方なの?」というYouTube上のコメントが印象に残っている。
2017年の段階でのカティンカは、英ウルヴァーハンプトン大学の学生として演劇を勉強していたようだ。大学入試の再挑戦を受け付けるクリアリング制度を利用して入学したらしく、動画ではそのプロセスについて紹介。英語もすっかりイギリスアクセントになっていて感動した。最初に在籍していたロンドン大からわざわざ移ったそうなので、相当に意欲の高い学生だったことが伺える。
2012年の短編映画出演作としては、『Katya & The Scarlet Sails(カチャと緋色の帆)』が視聴可。IMDbページはこちら。