見出し画像

WWPチャリティー配信『ゴースト・オブ・ツシマ』コメンタリー抄訳

2021年11月11日。第一次世界大戦の終戦日であり、英米では「退役軍人の日(Veteran's day)」とされるこの日、『ゴースト・オブ・ツシマ』の作り手であるネイト・フォックス、ビリー・ハーパーのふたりが退役軍人支援団体「Wounded Worrior Project」(とくに9/11以後、心身に傷を負って退役した米国軍人の市民生活への復帰を応援する団体とのこと)の「退役軍人とゲーム」をテーマとするファンドレイジング配信にゲスト参加。約30分にわたる録画映像で、ゲーム制作中の裏話などをコメンタリー形式で紹介した。以下、とくに興味深かった部分を邦訳して抜粋する。動画のアーカイブはこちら




◆はじめに

ネイト・フォックス、以下N: ハーイ! 私の名前はネイト・フォックス、『ゴースト・オブ・ツシマ』のクリエイティブ・ディレクターです。本日はゲームプレイの話にお付き合いいただきまして、ありがとうございます。

ビリー・ハーパー、以下B: はい。僕はビリー・ハーパー、『ツシマ』ではアニメーション監督でした。皆さんが軍務をつとめて下さったことに、ただただ感謝を申し上げます。



◆「一騎討ち」の起源

N: よし、まずは金田城からスタートか。

B: 金田城から。ここは初めての一騎討ちにかかるとこですね。……一騎討ちのイテレーション(改善作業)はどれくらいやったっけ?

N: あー、1年はかかったねぇ。一騎討ちのゲームプレイで目指したのは、子供の遊びであるでしょ? 自分が手をこんな風に合わせて、もうひとりがビンタしようとするのをジャストタイミングで引っ込めてよけるの。「スラップ・ジャック」ね、サムライの一騎討ち部分はあれが元になってるんだよ。休み時間によくやったやつ。

(※訳註: 「slap jack」と似たゲームは地域、国により「red hands」「hot hands」「hand slap game」など様々な名称がある)

B: 昔はあれ、大得意だったな。ただ勢いあまって自分で自分の顔叩いちゃうことなかった?

N: あったねー、何度も。

B: (ゲーム内の一騎討ち場面を見守りつつ)いける、いけるぞー。……よし!

N: やった! 恐怖におののく蒙古兵の反応がいいな。

B: いつもとは限らないけど。

N: うん。……今のがとどめを刺すとこね。

B: 死にきれずに苦しむ蒙古兵に追いうちをかけるなら何がベストかは、どれくらい話し合ったんだっけか。

N: けっこうサクっと決まってたよ。「処刑!」みたいにしたがってた人もいたけど、そういうのは仁のキャラクターにはない要素だからさ。戦いで人に罰を下すっていうよりは、正々堂々と苦しみを終わらせてあげるのが主目的。誉の感覚をもって戦う人なんで。




◆初回のハーンとの対決シーンにて

B: ゲームプレイの話はこれくらいにして、すばらしきシネマティックシーンの話に移りましょうかね。(金田城の橋の上でのイベントを見つつ)パトリック・ギャラガー。そしてダイスケ・ツジ。

N: 「血振り」でよかったんだっけ、刀を拭う仕草は。

B: 「血振り」、刀についた血を落とすことね。まさにあれ(前腕で刀身を挟んで拭う動き)が、「血振り」の中では一番最初にアニメーション化した動きなんだよ。

N: クラシックな動作だ。仁の顔が血まみれになってるのがいいね。さっきまでどんな戦いをしてきたのかがわかるし、修羅場をくぐってきたことを物語ってる。

B: うん。今思わず考えてたのは、このシーンの撮影中のことでさ。昔からいつもそうなんだけど、演者がそのシーンの世界にスッと入ってく様って本当に驚異的なんだよね。

N: その通り。撮影は何の基準点もない、空っぽの、巨大な倉庫でやってもらってたんですよ。こんな橋も、後ろにある門も見えてない状態で。

B: そう、音楽の恩恵にも預かれなかったし。

N: (笑)なかったねー。

B: ゲーム制作者を目指す世の人のために魔法使いのトリックを言っておくと、「迷ったら音楽で押しまくれ」!

N: うん。(仁とコトゥン、初対決ゲームプレイを見つつ) 橋の両端に手すりがあるでしょ。本来はついてるはずの飾りを取り除かざるを得なかったんだよ、カメラとの兼ね合いで──ってもう勝負ついちゃった。

B: いやー、コトゥンつっよ。タフなやつだ。この部分、実際にハンズ・オンに落とし込めたの本当に良かったと思ってる。元はそうじゃなかったんで。

N: ハンズ・オンというのはSucker Punch内で使う用語で、プレイヤーが実際にゲームプレイすることを言います、ってあれ! 後ろに見えてるあの金属部分(と、イベントシーンの背景に映り込んでいる橋の擬宝珠を示して)、わかります? あれ、バトル中は表示されてないんですよ。

B: あー、ようはカメラが──

N: そう、カメラとぶつかっちゃうんで。鋭い観察眼の持ち主なら気づいてたかも。(仁が橋から落下するシーンで)おっと。

B: あー! 何があった。まあ覚えてますけど。あのシーンでアニメーションをやり直さなきゃなんなかった時のこと、覚えてる? 仁が死んだみたいに見えるからって。最終的には君が「仁の目を開けとこう!」って名案を思いついてくれたけども(笑)



◆境井正の最期の回想シーンにて

N: 仁が取り返しのつかない過ちをおかした感覚に苛まれてる、というアイデアはかなり気に入ってる。子供時代の失敗に苦しんだ瞬間を振り返ると、その経験が仁のもう同じ失敗をしたくないというアイデンティティの土台になってるんだよね。でしょ? で、常により良い自分であろうとするモチベーションにもなっている。誰にでもあるんじゃないかな。子供の頃やティーンエイジャーの頃に起こった出来事で、ある意味将来の不安であるとか、悪いことが起こらないようもっと頑張らなければという自覚が芽生えたりする。

B: うんうん。すごいことだよ、これまでの人生においてどんな立派なことを学んだとしても無効化されちゃうわけだから。自分の人格形成に関わりがあるとすれば、僕の場合はだけどやっぱり、失敗した時の心の痛みを思い返すことかな(笑)

N: トラウマになってるのに、自分の中で動かしがたいものになってしまうってすごく悲しい。

B: だねー、たとえば高校では絶対にスウェットパンツを履かないように気をつけてたこととか。

N: もしくは中学ならピッタリ素材の服かな。



◆志村との回想シーンにて

B: はい来た。見てよ、(志村役)エリック・スタインバーグだ。

N: ダイスケは仁の大人時代と子供時代、両方演じたんですよ。彼のギアの切り替えっぷりには本気で舌を巻いたなあ。

B: あと世の中的には知られてないかもだけど、少年期の仁の顔は(アニメーション担当の)アーティストたちが写真から起こしてくれたもの。ダイスケ・ツジのベースのスキャンは撮ってあって、その上で彼にこの頃の仁と同年代だった当時の写真を山ほど送ってもらいまして。で、我々が手作業でスコープを作り上げました。(正の葬式で心細げな様子の仁を、志村がじっと見つめるシーンにて) ゲームの制作現場では普段、本当に際立った芝居や顔の芝居を選び抜くことを目指してるんですよ。Sucker Punchではいつもそれを(棒高跳びのバーを模したようなジェスチャーをしつつ)「バー」と呼んでいて、「バーはどれになる?」みたいに使ってるんですけど、このシーン、この部分ではまさにエリック・スタインバーグが中核を担う中心的存在になってます。この時点以降のシーンでは我々、「これにちゃんてマッチしてるかな。じゃなきゃ最初からやり直しね」という具合でしたから(笑)

(※訳註: 少年時代の仁もツジ氏が演じていたことは、ゲーム内エンドクレジットにも「YOUNG JIN」として明記されている通り。なお、少年期のフェイスモデルの参考資料になった写真はこういうものだったかと思われる)

N: ふたりの感情表現がよく出てて最高。志村がどんなに甥っ子を大切に思ってるかがわかる。(形見の)刀に対する畏敬の念もね、ものすごい説得力。おかげで、仁がなぜ父がわりとなった志村をこうまで必死に救おうとしてるのかも納得がいく。

B: うん、それで思うんだけど、ストーリー関連で今の形になって気に入ってることは、仁が救おうとする相手を父親じゃなくしたこと。元々はまあ父親でいいか、ってとこから、いや、仁と強い絆を結んでる相手は、やっぱり父親がわりのおじさんで行こうということになったんで。(仁が浜辺へ流れ着き、父の形見の刀に導きを求めるシーンで) ここも気に入ってるシーンだな。顔の表情。

N: ここアニメーションにしたの、ビリーじゃなかった? なんかものすごく手をかけてなかったっけ。

B: (笑)まあ撮影はしたよ。全部でカメラワークを担当したのはこれが唯一のシーンだね。あと最後の方の何気ない部分で、いくらかはアニメーションも手がけてる。

N: ここももちろん好きなんだけどさ。死んだ父親に救いを求め、海から吹き寄せてきた一迅の風の導きに従うべきだと、即すんなり受け入れるとこ。父親の魂が自分を導き、島全体が味方してくれるだろうと。落ち着いて考えればツッコミ所だらけなことが、その瞬間には心にしっくり来るって、ある意味自然なことのように思えるんだよ。このゲームそのものの要でもある。



◆一般的なバトルシーンにあるものがない理由

N: 我々が加えたもうひとつの変更点は、あまり気づいてる人いないだろうけど、バトル中にHPを示すバーがないこと。近接戦闘主体のゲームではかなり珍しくて、敵の姿勢が崩れそうな時によろめき度を示すバーが出てくるぐらいなんですよ。バトルの没入感を高めるためで、狙いはプレイヤーの目をユーザーインターフェースより敵の体に向けてもらうこと。始めのうちはHPのバーがあったんだけど、カットしておいて良かった。

B: その時々でスクリーン上にパッと映る個々の視覚情報の量については、今の形に落ち着いて非常に満足してますね。プレイヤーが自ら探索して色んなものを見つけている気分になれる情報量なんですよ。



◆「物資」誕生のいきさつ

B: (ゆなと連れだっての馬上の会話シーンにて) ここで披露してるのは、ゲームプレイの観点から実装するのがなかなか大変だった要素で、社内的に「ウォーク・アンド・トークス」と呼んでいたものです。コントローラーのスティックに手を添えたまま他のキャラクターとの関係性を確立するための手立てだったんですが、簡単にはうまくいきませんでしたね。

N: そう、とくにこのキャラクター、ゆなは仁がどこに行っても一緒についてきて、歩調を合わせながら会話する必要があって、しかもその会話の長さをとある場所から別の場所への移動時間とマッチさせなければいけなかったんでね。ゆなの話が場にそぐわない感じになってなければいいんだけど。プレイヤーがゆなの言っていた場所へ行くんじゃなく、ちょっと止まって納屋の中を調べてみたくなったとしても、ゲームがその意向に対応できるようにね。仁の行動はあくまでプレイヤー次第という。(仁が納屋から物資を拾うのを見て)今拾ったのが物資ですね。ビデオゲームでは一般的に、お金やら金貨やらを拾うものでしょ。元々はこのゲームでもお金が存在してたんですが、文化監修の専門家のひとりから「この島にいる日本人はみんな自分たちの生き残りをかけて必死になっている最中なんだし、何かのサービスと引き換えに金銭を要求したりはしないんじゃ?」という、ずばぬけてもっともな指摘がありまして。島民は生まれ故郷を取り戻すためなら、できることは何でもしたいはず。物売りの人もいくらいくら出してくれたらやりますよ、というんじゃなく、これ作るのに必要なだけの物資さえ持ってきてくれたら、弓を強化するんでも刀の切れ味をよくするんでも何でもやりますから! となるはずなんですよね。だから物資は、彼らが仁を手助けするために仕事する必要物資という形になってます。

B: うん。それに最終的には、あちこちに置いておくようにもなったね。元々は今ほどゲームの進め方に結び付いたものじゃなかったので、めったに見つからない類のものだったんだけど。覚えてるのはみんなの案で、ここまで探索してくれたんなら、物資を置いとくことで報酬がわりにしようという明確な道筋がついたこと。満足感があるし、元はまったくの珍品だったものが「せめて発見をねぎらおう」的な位置付けにまでなったっていうのは。



◆初の闇討ちシーンにて

N: このシーンでは、仁が侍の到来以前の対馬がどんな土地だったかを話してます。もとは海賊や盗っ人だらけで荒れていた対馬で、侍が行動規範を通じて秩序を遵守させたから、民衆が安全に過ごせるようになったと。ここはだいぶ後になってから追加したんですよ。大半の人はそもそもなぜ仁が侍の行動規範を信奉しているのか、彼とその家族にとってはかけがえのないものになっているのかがわからないようだったので。日本の歴史に詳しい人ならともかく、プレイヤーの多くはピンと来てなかったんですよね。

B: 僕らはサムライ映画やサムライ文化の大ファンで、自分たちの知ってることぐらいわかってて当然みたいな気でいたけど、(テストプレイの)フィードバックが来て初めて、あっそうか、みんながみんなわかってるわけじゃないんだな、と悟りまして。そこはやっぱり補足しないとだった。

N: このミッションでは、プレイヤーが武士道の何たるかを経験できるよう、ひとつのルールにまで煎じ詰めることを目指しました。それは誉ある人間として、他人の命を奪う時には相手の目を見ながらやるということ。しかも真正面から向き合ってね。それが相手への敬意の示し方なんです。対馬が蒙古兵だらけになってしまったために、ここでの仁は武士道の原則に背を向けねばならないことを悟ってる。プレイヤーの大半には「まあビデオゲームだもん、これくらいやんなきゃだよな」くらいのものでも、キャラクターにとってはそう簡単には割り切れないところで。

B: だね。脚本チームが最高の仕事をしてくれたと思う。ただ名誉を重んじるだけじゃなく志村に特化したものにもしてるんだよね。しかもより重要なのは、どんなに大切な行動規範だったかってこと。このシーンは何度も撮り直ししたの覚えてるなぁ。

N: うん。きついよね、仁の四苦八苦してる様子がいかにも痛々しい。



◆志村との熊狩り

B: (志村との熊狩りシーンにて) おー、例の回想シーンが!

N: ビリー、このシーンは君の実人生からインスパイアされたものなんだよな?

B: です。実はこのシーンを再生できて嬉しいんだよ。ここではベトナム戦争の退役軍人だった父のことが元になってるんです。父は僕の人生に大きな影響を与えた人で、昔はよく一緒に狩りに出かけてたんですね。ある時熊狩りに出かけて、僕は熊に傷を負わせたんですが──故郷のウェストバージニアで、月桂樹の茂みが密生してて、その日は雨降りであたりは暗く、霧まで出てた。そんな森の中で、熊を仕留めそこねたわけですよ。僕はあーもういいや、もうやめよう、とあきらめかけてたんですが、父は「いや、お前が始めたことだ。命をひとつ奪おうというなら、最後までやりぬくのは大事なことだぞ。熊が苦しまずに済むようにしてやれ」と。それで一緒に熊の跡を追いながら父が、「想像してみてごらん。今してるようなことを毎日のようにやるとしたら、それに銃を持った誰かがそこらにいたとしたら」というような話をしてくれたんです。僕は幸い戦争を戦わずに済んできた身なんですが、父や祖先たちだけでなく、大義のために前線で命をかけた人々に対する敬意というものを理解する上で、大事な学びになりましたね。この話をゲーム内で発展させた形で、ゲームの一部として物語ることができて、ありがたく思ってます。


◆仁が志村襲撃犯を処刑するシーンにて

N: いち個人としてさ、14歳の時にこういうことをやれって言われたらどれだけ大変か、想像つくかい?

B: いや。

N: 鋼の心だよなぁ。

B: ストーリー上は我々にとっても重要なことだったと思う。たとえゲームの中であっても、あらゆる行動に伴う重みを表現するっていうのは。

N: そう、ゲームの中の話だとしても大事だね。闇討ちすることでどうしてこうも仁の心が抉られるのかを理解する手がかりになる。



◆コトゥンと監禁中の志村のシーンにて

B: こういったイベントシーンは、最終的に我々が「一方その頃(Meanwhiles)」と呼ぶようになったものですね。このゲームでは序盤にメインの敵役を紹介して、確固たるキャラクター性を打ち出すことでプレイヤーにも気に入ってもらえたわけです。でも元々は「コトゥンに会う=戦う」みたいな感じだったんですよ。最初に対決した時と、あとは最終決戦の時だけとかね。他に準備してたイベントシーンもいくつかありましたけど、どうやらこれ、コトゥン・ハーンと過ごす時間をもっと増やさないとだめだなってことがわかりまして。イアン(・ライアン、『ツシマ』のメイン脚本家)がこういう場面はどうかと最高のアイデアを出してくれて、それをもとにまずは仁の伯父上とのやりとり、後には竜三とのやりとりを作ったわけです。素晴らしいアイデアでしたよ。

N: うん。それに、志村が精神的にものすごく打たれ強い人物なのもわかるしね。衝撃的なまでに合理的なものの考え方をする敵役に消耗させられていながらもさ。ほらコトゥンの話って、ばかげたとこがないでしょ。それでも志村があくまで自分の信念を崩さないところ、私は自分がこれから助ける相手として、より好感を抱いたな。仁みたいに一緒に育ってきたわけではないけど、いちプレイヤーとしては志村の方に親しみを覚える。

B: そこもまた大事なポイントだよ。ゲームがこの人を助けなさいと指図するだけじゃなく、プレイヤーが自発的に助けてあげたいと思えるようにするのはさ。あとやっぱり、心の底から仁のことを大事に思ってることもそう。後々出てくる「一方その頃」シーンでも、自分の甥っ子が必ず勝ってくれるという志村の自信は小揺るぎもしないんだよね。