『SHŌGUN』プロップマスター ディーン・アイラートソン氏インタビュー抜粋
今回はプロップマスター(property master)であるディーン・アイラートソン氏のインタビュー動画から、面白かった点を抜粋します。氏は80年代から映像業界で働き、『レヴナント』、『GODZILLA』(2014年のギャレス・エドワーズ版)、『猿の惑星:創世記』、X-Menシリーズなどにも携わってきたベテラン。プロップマスターというのは作品で使用される小道具、大道具を準備するだけでなく、その予算やロジ面、維持管理も担当する統括的なお仕事なわけですが、戦国期の日本を舞台とする作品をバンクーバーで撮影するにあたっては、並大抵でない苦労があったようです。
・プロップマスターの仕事内容は番組によっても変わってくるが、『SHŌGUN』の場合は準備期間が22週間。リサーチの比重が非常に高く、これまでの人生でもなかなかないような緊張を強いられる仕事だった。とにかく仕事としての歯応えがすごい。茶会のシーンにしろ切腹のシーンにしろ、侍はどうやって刀を腰に帯びるのか、そもそもそれはどういう刀なのか、何につけてもまずはリサーチ。加えてその調達手段も考える必要があった。全てバンクーバーには存在しない品なので、日本在住の小道具バイヤーを2名、フルタイムで雇うことにした
・準備期間中の日曜と月曜は、日本時間の朝9時に合わせて17時開始。バイヤーたちに漆塗りの茶道具や盆、馬の鞍など、こちらが必要としている小道具のリストを渡していた。悲しむべきことに日本は高齢化が進み、それより若い世代はもう古いものを引き継ぎたがらないようで、小道具に使えるものがこちらのebayに相当するサイトで大量に販売されている
・準備期間中にはとんでもないものも手に入れた。ある晩バイヤーのひとりであるトモからFaceTimeコールが来て、福島北部の町の、ある人の家に来ているという。トモはそのエリアで馬具を探していて(訳注: もしや馬追いで有名な相馬のことか)、その家は古い馬具でいっぱいだった。動画で鞍などを見せてもらい、「何てすごい馬具だ、それはいくら? 」「2万ドルになりますね」「OK次見せて」というようなやりとりをし、その晩は確か夜中の2時までかかって一式揃った馬具を8セット購入したと思う。後日追加で20セット購入した。そのうちひとつを修繕のため分解したところ、鞍の内部に銘があるのを見つけた。翻訳してもらうとその内容は"1654年3月吉日“という日付と、鞍を作った職人の名前で、本当に作中年代に近い時代のものだったんだ。また薙刀のうちのひと振りも、徳川家に認められ、その後16代続く刀匠の家の初代となった名工の手になるものだとわかった。そういった貴重な品が他にも色々とあり、思ってもみない経験をさせてもらった
・(小道具においてはリサーチで得た知識をいったん脇に置いて、歴史の正確性よりストーリーを優先させる部分はあったのか? という質問に)ないね。最初にディズニーから打診を受けた時から。80年代の最初のテレビシリーズでは、アメリカのTVクルーが日本に行って自分たちの考える日本の歴史物を作ったことが批判の材料になった。『SAYURI』にしても類似の例で、デタラメな歴史を描いている。しかし今回のリメイクでそれはありえない。ヒロ(真田広之)を主演に迎えるからには、的外れな描写は許されないんだ。でなければやる意味がない、という方針だった
・引退した日本のプロップマスターであるオオサカさん(※訳註: 「オサカ」かもしれず)の協力も仰いだ。必要なものをファイルにまとめてzoomミーティングを行うと、オオサカさんがクロサワ作品の数々を産んだ大きなスタジオシステムを担う「タカツ」というレンタルハウス(※訳註: 読みが違うものの「高津商会」のことか)でコネを使い、五大老が使っている太刀などどうしても見つからなかった品も都合をつけてくれた。日本刀は脇差や短刀ならともかく、太刀となるとまったく見つからない。オオサカ氏はその後バンクーバーのスタジオにも刀のコレクション持参で真田広之に会いに来て、衣装デザイナーのカルロスと衣装との兼ね合いをチェックしていた
・衣装デザイナーのカルロス・ロサリオが鎧兜をレンタルで済ますのではなく、自分がデザインしたものを衣装部で手作りすると言い出した時は、少々度肝を抜かれたしショックも受けた。しかしそうとなれば後に従うのが仕事。刀や脇差も彼の仕事にマッチしたもの、それでいて目につかないものにしなくてはいけない。そこが小道具の大事な点。とくにこういう番組の場合、道具は所定の位置にさりげなく置いてある必要はあっても目立つ必要はなく、むしろ目についたら問題。まず場に溶け込んでいることが第一。だから「お気に入りの小道具」というものもなく、たとえば300人からの出演者とキャストがセットにいて、自分の仕事の結果を目の当たりにした時のような、満足いく日があったかどうか。それもカルロスやヘアスタイリスト、メイク部門とのセットでの仕事だ。エキストラもその準備のため、深夜の2時から現場へ来ていた
・(予算についての話の中で「貴重な品を日本から借りることはあったのか? 」という質問に)いや、全部買い取りだ。フルタイムのプロップビルダー4名が山のような修復作業を行い、背景画家2名が漆絵や扇絵などを復元していた。最終的にはセットデコレーターのリサ・ランカスターとジョナサン・ランカスターが部品を作るところまで行っていたよ。日本からの輸送品の第一便は船便を使ったんだが、ちょうどスエズ運河の封鎖事故が起こり、いつまでたっても荷が届かないので空輸に切り替えた。その追加の輸送コストはえらい額になった
・和船に関しては、ダグラス・ブルックスというヴァーモント在住の船大工にコンサルタントを頼んだ。日本で建造の仕方を学んだ船の図解をいくつか送ってもらい、我々でロフト作業を行った。後日には撮影所まで来て軍船のオールの作り方を指導してくれたよ
・ダグはもう25年以上、単身で日本とこちらを行き来しながら、様々な師匠のもとで和船作りを学んだ人物。日本では消え行く産業がいくつもある。あちらの政府は文化的な分野のものなら保存価値を認めていなくもないが、和船作りはその中に入っていない。今の船は強化プラスチックなどでも作れてしまうから。だが人の手で作る木造船となると、ダグが言うには彼の一番若い師匠でも79歳なのだそうだ。彼らの技術は文字情報としては記録されておらず、そのうち残らず消えてしまうらしい。(※訳註: 和船の造船技術は親から子、師匠から弟子への秘伝によって継承されることが多く、記録としては簡単なメモ程度のものしか残っていない。なお番組用に建造した船のいくつかは鯨船を原型とはしていても、捕鯨シーンなどはとくにないとのこと)
・番組で使用する道具類を収納していた倉庫の総面積は、65000平方フィート(約6000平方メートル)ほど。それに加えてヤードも船でいっぱいだった(※訳註: ブルックス氏側の証言によると、以前メイン州のベイツ大学でブルックス氏の指導のもと建造された平底舟もディズニーに買い取られ、網代村のシーンに使用されているそう。新潟県の信濃川あたりで使われていた「ホンリョウセン」という典型的な漁船を再現したものらしい)
・日本の武器類で驚いたことは、火縄銃にしてもそうなんだが、留め具が竹製なんだよ。刀にしても、刀身が柄から抜けないようにする独特のピン(目釘)が竹製だった
・茶道具を調達するために茶道のリサーチもした。バンクーバーで茶道を教わっている日本人女性にも話を聞いたんだが、もう40年続けているというのに彼女はまだ自分がその道を極めた人間だとは思っていなかったよ。それくらい厳しい道のようなんだ。一度の茶会の所要時間は平均で4時間、しかも私語なし。禅の理念が反映されているらしい
・(薮重のことは「悪者」と呼ぶべき? と訊ねられて)彼は「緑の軍」。主君の決定に異を唱えることもあるが、虎永に忠誠を誓ってはいる。トレイラーでは落水したポルトガル人舵手を崖から降りて救助するシーンがあるが、そこがヤブというキャラクターの大きなイントロにあたるシーン。実にカメラ映えのするキャラクターで、見ていて非常に楽しかった
・(番組で使用されている掛け軸や文書の毛筆について)カルロスのスタッフの中に日本育ちの女性がいて、女性キャラクターの着付けや小道具類の管理を手伝ってくれていたんだが、日本で賞もとった書家でもあり毛筆は全部お願いしたんだ。ただ撮影中は字を書き付ける男の手と女の手、両方を撮る必要があってね。撮影現場で筆をとり、ちゃんとした文字を書くことができる人材は彼女だけだったので、作中では筆先の動きのアップがほとんど。手が映り込んでいることはほぼないはずだ(※訳註: 掛け軸のひとつには「姫洲筆」という文字が見え、条件に該当するカナダ在住の書家はこの方のよう)
・石堂をはじめ五大老が使っている印章は、アンティークの印章の印面を平らにならしてからこちらで五大老のシンボルを彫り直したもの。書類に捺されたスタンプは手作りだ
・準備に一番手間がかかった小道具は、ブラックソーンの日記
・カルロスとも接点は多かったが、ブラックソーン役のコズモともしょっちゅう喋っていた。彼はおやじさんが船乗りなんだ。第1話のオープニングシーンで船の甲板から測深(※訳註: 航海中の水深計測作業。海に投げ入れる測深鉛の底部には凹みがあり、そこに詰まった砂や泥、サンゴなどから海底の状態も知ることができる)を行うだろう? 日本が近いという証拠をつかんだ彼は、船長のところへ行って日本行きを迫る。あそこは本来の脚本にはなく、我々ふたりで長いこと話し合って作ったシーンなんだ