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ダイスケ・ツジ氏にcameoを依頼してみた話

◆発端

『Ghost of Tsushima』きっかけで境井仁役ダイスケ・ツジ氏ファンになってそろそろ半年。ゲーム配信を視聴するのも楽しいものの、舞台での経歴がずーっと気になっていた筆者は、「『Cambodian Rock Band』ドイク役を演じていただけないでしょうか」というcameoをご本人に依頼することにした。以下はその顛末であるが、劇中のあらすじや冒頭部分について触れているため一応ネタバレ注意。


◆作品概略

ニアリー(ブルック・イシバシ)「ドイクはS-21収容所の運営者だった。ブラザー・ナンバーワンことポル・ポトによる2百万の自国民虐殺を補佐した男よ。私たちは今、そのとんでもない証拠を見つけたの!」

ポウ(ジェーン・リュイ)「もうおしまいだね」

チュム(ジョー・ノウ)「おしまいどころか、まだ序の口だよ」

ドイク(ダイスケ・ツジ)「クメール・ルージュによる支配最初の年へようこそ! 芸術家、知識人、資本家は排除! 何をおいてもまず、音楽を排除する」


まず説明しておくと、ローレン・イー作のミュージカル『Cambodian Rock Band』はとくに評判の高い一作で、ツジ氏はオリジナルキャストとして2018年3月から2019年12月までドイク役を担当。ご本人的にもお気に入りの役柄、かつ実際に観劇したファンの方から素敵な感想を伺っていたこともあって、筆者としては「どうにかして見たい、せめて感じをつかみたい過去作No.1」であった。

何よりまず、役所が大変興味深い。ドイクことカン・ケク・イウは「カンボジアのヒムラー」とも称される実在の戦争犯罪人で、1970年代半ばのポル・ポト独裁政権下、悪名高き強制収容所「S-21」の所長だった人物。プノンペン陥落後は逃亡し、身分を偽って一般人として暮らしていたが(元々の職業だった教師に復帰し、周囲に尊敬されていたそう)、1999年、たまたま潜伏先を訪れたジャーナリストにより発見され、身柄を拘束された。当初こそ過去の所業を謝罪していたものの、のちには「命令に従っただけ」と無罪を主張。特別法廷における長年の公判の末、2012年に終身刑が確定し、2020年9月(つまりつい最近)、77歳で没するまでの21年間を獄中で過ごした。

劇中でのドイクは、彼の法的責任を追及すべく奮闘するカンボジア系アメリカ人女性ニアリーと、娘を米国へ連れ戻すため突然滞在先のプノンペンへやってきたカンボジア出身の父親チュム(と、その過去)を主軸に語られるストーリーの狂言回し役、かつ悪役として登場。レビューを読む限りではトリックスター的役所なのだが、ツジ氏が最近語っていたところによると、大量虐殺に関与した戦争犯罪人という側面については「かなりえぐく」演じたとのことである。

作品自体はツジ氏がキャストから離れた後もオフ・ブロードウェイで上演されていたのだが、パンデミック下で再開の目処が立たない上、英国のNational Theater Liveのように日本国内での上映、配信等を今すぐ望めるような状況でもない。唯一の明るいニュースは2021年2月に脚本の書籍化が予定されていることで、昨年10月にはもう電子書籍を予約しておいたのだが、よく考えたらcameoでお願いしてみるという手もあったわけである。もちろん本物の舞台とは勝手が違うだろうし、時間的にもさわりだけにはなるだろうが、それでも構わないからとにかく見たい。舞台役者さん相手に失礼なお願いではなかろうか、とも思ったものの、だとしたら普通に断ってくれるだろうと考え直して依頼の送信ボタンを押すだけ押してみたのだった。


◆謎の男のモノローグ

そんなこんなで「お気に入りの場面や好きなセリフを」とだけ指定していたわけだが、数日後に到着した動画を拝見すると、「The Cyclos」のTシャツ着用(わざわざ着替えていただいた模様)、かつ朗読形式で演じていただいたのは冒頭のモノローグであった。

はいどうも、ありがとう、ありがとう! The Cyclosの皆さんでした! 最高でしたよね!? 曲は1975年、プノンペンにて収録された彼らの最初にして最後、唯一のアルバムより「Uku」。音源のテープは、当時のカンボジア音楽の大多数がそうであったように、もはや存在しません。お気づきじゃない方のために申しますと、音楽はカンボジアの魂ですから! ……ホントですってば。でも皆さんがカンボジアと聞いて思い浮かべるのは別のことなんでしょ? もっとこんな感じ? 「退屈」。「悲劇的」!「虐殺、虐殺、また虐殺」! ブー! そういうのはねえ、全部あの胸糞悪い災難に見舞われた後の話なんですよ。クメール・ルージュ、ポル・ポト、そして200万人からの死。私が千回以上も語ってきた物語だ。まあ孤独きわまる営みでしたよ、おかげで一睡もできやしない!……しかし今夜はどうやら、私にも連れができたようです。だってこの30年で初めて「あいつ」の乗った飛行機が滑走路に降り立ち、荷物をタクシーに詰め込んで──ああ、やっぱりそうだ。「あいつ」、戻ってきたんだ。まあ遅かれ早かれみーんな戻ってくるんですよ、魚みたいに。犯行現場から離れたままではいられないんだ。……私としちゃ自分流を貫きたいところなんですけど、まあいいでしょう。これでようやく、私も眠れるようになるのかもしれない。(しばし無言)……ということで! 今宵一晩かぎり、私の物語はちょっとだけ違う語り口になります。私自身は相当後になるまで出てこないかもですが──わかります〜皆さん私がいないと寂しいですよねえ!? しかしたとえ舞台に出てこなくとも、基本的に私、ずっといますから。ええ、そうですとも。皆さんのことをじっと見守って、いつでも目を光らせておきますよ。……あっ紛らわしいこと言っちゃった!? 皆さん混乱しちゃいましたかね!? ようこそ、2008年のカンボジアへ! 東南アジアの宝石、真珠、はたまたデトロイト! 益なき大義にかけて随一の国、そして音楽の都へ! ようこそ、この私のショウへ。

劇中のこの場面ではまだ謎のMCとしてのみ登場するドイクは、一見愛嬌たっぷり。テンション高めで深夜トークショーの司会者ばりにまくしたて、陽気で辛辣でうさんくさく、かつ親しみやすい。なのに時折、「心の闇」とか「ドス黒い」という言葉では片付かないような何かを小出しにしてくるため、複雑なキャラクター造型が短い時間でもはっきり伝わるようになっている。脚本と演者のお芝居の見事な噛み合いっぷり。これ! これが観たかったんです、本当にありがとうございます、とひとりモニターに向かって拍手する筆者だった。おかげで来月はオリジナルキャストを想像しながらの脚本精読が捗りそうである。


◆余談

こいつは春から縁起がいいや、と喜んでいたところ、昨年8月の生朗読劇『Seize The King』ぶりの2021年1月11日、ツジ氏が『Sullen Girl』なる戯曲の朗読に参加する旨、劇作家本人から告知があった。

父親に虐待されて育った女性主人公が、過去と現在を行きつ戻りつしつつ、逃げおおせたはずのトラウマに幾たびも追いかけられ、トラウマを克服する必要に気づく物語とのことでなかなかに重そうだが、さっそくチケットを予約した。こちらも楽しみにしておこう。