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私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(37)『追捕/Man Hunt』現場での仕事の負荷 -

監督付き通訳者翻訳者としての負荷

私はザザーッと蟻地獄に落ち、想像以上に中枢に絡めとられていった。

撮影開始すると、脚本翻訳の負荷が更に上がった。監督と二人のプロデューサーが三者三様で脚本を変更しまくるのだ。

監督は撮影が始まってもアイデアがいくらでも湧いてくる。現場の俳優の芝居や表情を見て、流れやセリフを変えたくなってくる。そこで書き換えた原稿を私に渡す。私は当然それを忠実に訳して日本人脚本家Eさんへ渡す。そして前回書いたルーティンで脚本が変わる。

脚本変更が混乱してくる

その刻々と変わる脚本を見て某プロデューサーも箸を突っ込んでくる。自分で書いてみたり、お抱えの若手脚本家に書かせてみたり。もう一人のプロデューサーもまた「こんなのどうかな」と書いて持ってくる。

各々が出してくるものを片っ端から訳していたのだけれど、プロデューサーとお抱え若手脚本家は監督に相談無しで一部分だけ書き換えるわシーンの順番入れ替えるわだし、監督は監督でそんな事が起きているとも知らされず自分は自分で書き換えたりするので、混乱しまくって何が何だかわからなくなった。

脚本関連のグループ・チャットで若手脚本家に「書き換えた部分だけ出してくるのではなく、前後も表示して欲しいし、シーンの順番を入れ替えたならそれもきちんと私に伝えてくれないと困る。おかげで今は脚本全体が混乱している。」と言ったら「脚本家の仕事は脚本を書くことなのよ!毎日朝から晩までプロデューサーとあれこれ考えて忙しいのよ!順番とかいちいち伝えてるほど暇じゃないのよ!」とえらい剣幕の返事が来たので反論した。

「脚本家の仕事は書けばいいだけではなくて脚本全体をより良くコントロールすることでしょう?書き換えた部分がどこなのか、順番を入れ替えたとか、クルーや俳優に正確に伝わらなければ撮影が出来ないでしょう?書き換えた部分だけ提示するのではなく全体像を皆に伝えることも脚本家の守備範囲でしょう?忙しいのは皆同じ。撮影を進めるために必要なことは忙しくてもやるべきでしょう?」と極めて冷静に書いたのだけれど、お嬢様な若手脚本家は激おこプンプンで「失礼ね!もういいわ!私はこのグループ抜けますから!」と言い残して即座にグループ・チャットから抜けていった。え?勝手に抜けてどうすんの?書き換えた脚本どうやって皆に伝えるつもり?

「あのソフィがキレた!」

私としては極めて冷静に正論をぶち上げたのだけれど、これを見ていた香港側クルーが「あのソフィがキレた!」と大騒ぎ。毎日忙しくて睡眠時間も思うほど取れなくてしんどいけれど、それでも楽しくて嬉しくて、私は基本的にずっと笑顔で機嫌よく仕事をしていた。ので、皆は私が仏だと思っていたようだ。

いやいや、売られた喧嘩は買う私だよ。ボンッ!と燃え上がったら絶対に引かない私だよ。とはいえ、この時も熱くなったわけではないんだけれど、皆が「ソフィがキレたーー!ソフィってああ見えてキレるんだー!」と大騒ぎしたらしい。

結局、これがきっかけで監督とプロデューサー二人とお抱え脚本家は毎日脚本ミーティングをしてから変更した原稿を私に出すということに決着した。

しかし、脚本の進みが遅くなったことでクルーと俳優達に出す脚本の進捗も逼迫した。俳優達からはせめて1週間前に出せと言われていたものが3日前になり前日になり、最終的には前日夜中か当日朝に撮影台本が出る状況になる。

撮影の合間に脚本を書き進める

撮影を進めながら翌日の撮影台本や分鏡(カット割り)を書き進める監督。

「Rolling~~Action!」・・・「Cut!」で監督がモニターから目を離してタブレットでちまちま書き進める ⇒
そして次のカットの「Rolling~~」が聞こえるとモニターに向かう ⇒
「Action!」・・・「Cut!」でまたタブレットに向かう ⇒
次のカットの「Rolling~~」で・・・

という調子でカットごとにせっせと書く監督。そして私は

一日の撮影が終了して食事を取りお風呂も入ったあたりで、副導演から翌日の撮影台本が私に送られてくる ⇒
速攻最速で翻訳して日本人脚本家E氏に送る ⇒
E氏から戻ってきたものをチェックして、必要に応じて申し送りなど中文で書いたり、問題なければそのまま副導演に送る ⇒
そして副導演が夜中に各チームに再配布する

という流れが日課になった。

現場での私の毎日のルーティン

・監督と副導演に引っ付いてモニタールームに入る
・日本人俳優の日本語セリフのチェック係
(撮影現場で「Cut!」の声がかかると監督が私の顔を見る ⇐
日本人俳優はほとんどが日本語セリフなので言い間違ったり噛んだりしていないかイントネーションがおかしくないかをモニターとヘッドフォンで日本語ネイティブの私がチェックするから)
・セリフが大丈夫 ⇒ OKか撮り直しかの監督判断 ⇒
撮り直しとなったら監督の思う改善点を現場に伝える副導演に引っ付いて現場に走り通訳をする
・撮影後の夜中には翌日の撮影台本の翻訳

ここにアクション・シーンの撮影が入る日は下記のプロセスもプラスされる。とはいえ撮影も後半に入ると毎日アクション・シーンがあったので結局これもルーティンになったんだけど。

・撮影が始まるまでにアクション・コーディネイターがアクションを作って監督に見せる(これがなかかな一発OKにならないのよね)
・監督が自分のイメージを伝える
・アクション・コーディネイターが再度アクションを構築
・アクションが決まればそのシーンでスタントマン達がどう動くかなど現場の香港スタッフに説明
・アクション・シーンの撮影時はアクション・コーディネイターもモニタールームにいるので監督との間の通訳

Multi-languageな現場

導演は、私とは広東語メインで話す。撮影部付きの上海人Tちゃんには普通話。DPのTさんはアメリカ拠点の方なので英語堪能。監督はそれぞれ使い分けて話してくれる。

ある日のセットでのこと。私とTちゃんが一緒にいて、それぞれに指示を出す導演。私に普通話で、Tちゃんに広東語でガガガッと喋りまくった。導演もお疲れだったのか、言語がテレコになっていることに本人全く気付いていない。

私は私で普通話の指示をそのまま何事も無かったかのようにアクション・チームに日本語にして伝える。ご主人が中華系マレーシア人なので広東語をある程度理解できるTちゃんもテレコなんか発生していないかのように日本語にして撮影部に伝える。伝えた後に二人で顔を見合わせて「合ってる?」「合ってる、合ってる!」「ふふふっ!」「お互い、いけてるね!」とガッツポーズ。

実際のところ、香港クルーと一括りにしてはいるが、台湾人クルーも北京人クルーもいて、日本語、広東語、普通話、台湾國語、英語入り乱れ。あまりに楽しい言語環境の現場だった。香港電影の現場はこれがデフォルトなのでいつも楽しいんだよね。(続)

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