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私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(57)-『肥龍過江 / Enter The Fat Dragon』大陸ロケ1 -

深圳のリトル映画村

深圳市はなんだかんだで結構広い。某区の廃工場にセットを組み約1ヶ月の撮影に臨んだ。元はサムスン電子系の工場だったのだが、サムスンがその区から全面撤退したせいで彼方此方の工場が空いていて、それを借りてセットを組んだ。

確かに道挟んだ向こうの工場も、遠くに見える工場に掲げられた企業名も全て「三星」だ。「三星工業村」だった名残。私がその昔仕事で通った東莞市石龍鎮の「ミノルタ村」のようなものだな。綺麗に整備された区画に人も車もほとんどいない。走っている車は「学」の字を掲げた教習車ばかり。

滞在ホテルの傍に、大陸の田舎町には珍しく、美味しいコーヒーを淹れるカフェがあった。サムスンが全盛だった頃はカフェを数件持つほどだったが工場が全面撤退したせいで区の人口が1万人減り、今はこの1軒を細々と営んでいると店長が語ってくれた。

初めて店に入った時。どう見たって地元の大陸人には見えない私に「香港人?」と問いかけてきた店長。当然「そうです」と答える私。カフェのマスターとはいえ初対面の大陸人に自分の正体を明かすわけない。しかも私は身も心も香港人だからね。

「映画の撮影?」と聞かれ「なぜわかるの?」と聞き返すと「今ここのあらゆる工場はサムスンが撤退してからずっと空いている。そこにセットを組んで撮影にやってくる香港電影が多いんだよ。だから地元民じゃないのはほとんど香港電影人なのさ。」軽い映画村状態なのだそうだ。

我々クルーが撮影している期間中に『Man Hunt』の副導演が同じ区内の別村で撮影に入り陣中見舞いに来てくれて思わぬ場所での再会が叶った。しかも副導演が撮影を行うその工場の同じフロアでは別の作品が撮影中なので、自分の担当作品は一角を分けてもらった状態だと言うのだ。廃れかけた工場村をリトル映画村に変革してどうやら維持している某区であった。

廃工場内のセット

廃工場内にセットを組むのは制作側的にはメリットも多い。天井が高いのでセットも高く組めるし、動作組が入る場合はワイヤーも使いやすくなる。しかし大がかりなセットでグリーンバックを使う場合はカバーすべき空間が広がるのでそれはそれでややこしかったりもするのだけれど。

本作のセットは面積で言うと『Man Hunt』より大きかった。なんせ歌〇〇町が出来ちゃったわけだから。自転車も車も走らせたし、建物もハリボテじゃないよ。動作組が乗ったり飛んだり跳ねたりするのだからしっかり造ってある。

建物の造りは良かったのだけれど、外観が笑えることになっていたりして追い込みが大変なことに。出来上がった(ことになっていた)セットを見た私がちらっと見た段階で間違いを指摘してしまったが最後、カメラに映り込む所は極力修正せねばならん!となり大慌て。美術部は香港人のみ、日本の街並みを造るのに日本人を監修に入れなかったのであれこれ問題続出。美術部スタッフと急接近、朝から晩まで修正事項の連絡でやり取りで仲良くなってしまった。美術部スタッフは良く頑張ったよ。完璧とまでは言わないけれど極力修正して撮影に間に合わせたのだから。

動作組本領発揮

歌〇〇町セットは動作組総出の大一番。日本人チームと大陸人チームをアクションに合わせて効率よく配置する。日本人スタントマンはド兄さんの好きな現代的でキレのあるアクションが上手いので前面に配置。大陸人スタントマンは昆劇や古装劇などをメインにやっている人が多くて、動きがやはりシャンシャンシャン!ハイッ!みたいな「型を決める」系になってしまう。本作のアクション・シーンには合わないけれど、セット裏で練習している時に見せてくれる型は美しくて、私なんかは観ていて楽しかった。

大陸人は根本的にダラダラしがち。翻って日本人はクソ真面目。

そんな大陸人スタントマンの中にも日本人スタントマンの動きを真似しながら学ぼうとする子もいたが、出番ではない時は遊んでいたり寝ていたりする子が多かった。日本人スタントマンは練習したり武器を作ったり、出番が無ければ無いであれこれ真面目に仕事をしまくる。ちょっとは休んだ方がいいよと思うのだけれど、これは民族的な習慣というか傾向だから仕方ない。

それよりも驚いたのが大陸人エキストラ。勝手にあちこちブラブラするし、マットレスの上で本気で寝コケているし、動作組が撮影の為に用意した武器を勝手に持って行って遊ぶ。「お前らに遊ばせる為に置いてんじゃねえんだよ!」とさすがの私もキレた。大陸人の大雑把さを知っているとはいえ、日本のエキストラさん達の本気度とのあまりの違いに驚いた。

ド兄さんも「エキストラ連中の芝居が下手すぎる!」とキレてたけど、いやいや、エキストラは役者じゃないんで芝居を要求するのは無茶ってもんですよ、ド兄さん。

日本人俳優J付きの通訳女子も業務そっちのけで動作組の控え場に入り浸り。武器で遊ばれるのも困るけど、武器を自分の部屋に勝手に持って帰ったりするので、撮影終わりに武器の数を確認した時に足りなくて我々動作組はあたふた。本作の深圳現場での茶水姐は若い女の子だったのだけれど、やはり大陸人動作組にべったり。あんた達ちゃんと仕事しなさいよ!と私から面と向かって言うのは現場的に良くないので制作部に注意してもらった。

前出のカフェの店長といろいろ話していた時に「あなたはそれだけのキャリアがあるから、いろいろな所で発展できると思う。中国人の若い女の子はダメだ。とにかく男を見つけて結婚して働かなくてよくなりたいとしか思っていないんだから。」と言っていたのは、こういう事なのねと納得した。

現場的に腹が立つけれど、後に笑い話になるようなエピソードは次で。(続)

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